390 / 423
⑩
「ティンカ…どいてくれないか?」
「ッ…!!」
唐突にオレから声を掛けられ、ティンカは解り易く敵意を剥き出しにし。
「なに…?」
「…いいから、早く。」
冷たく睨まれるけれど、構わずオレはティンカをジークリッドから引き剥がすようにして。
その場へと膝を付いた。
「ちょっと…」
「ソイツの…好きにさせろ、ティンカ…」
それでも尚食らい付いてきたが、横たわるジークリッドに制され、渋々下がるティンカ。
少しでも動く度に溢れ出る、赤黒い鮮血に。
オレは堪らず眉を顰める。
「セツ…神子自ら、俺にトドメを刺すか…」
「…………」
皮肉な笑みを取り繕うジークリッドには、返事をせず。傷口にそっと手を伸ばす。
「セツっ…」
オレの意図が読めないロロが、不安げな声を漏らしたけど。そこはオリバーさんが目配せし、見届けるよう宥めてくれた。
「どのみち、このザマだからなっ…お前にはあの騎士がいるし、神子を脅かすほどの存在は…そうそういないだろうよ…」
そうジークリッドは自嘲して、柄にもないことを口にする。
「…喋らないで。」
その度に傷口が開き、出血してしまうから…
オレは少し口調を強めると。ジークリッドに宛がった手へと魔力を集めた。
「なっ…やめてッ…!」
ジークリッドの言葉を鵜呑みにするティンカが悲鳴を上げ、オレに掴み掛かろうとするも。
此方はラルゴがその腕を掴み、抑える。
「ラルゴっ…どうして!?ジークにはもう、トドメなんて必要無いじゃないか…!!」
「ティンカ…これ以上、ジークに恥を掻かせんじゃねぇよ。」
潔く、見届けろと…
ラルゴも本心を押し殺して、首を振る。
「そん、な…」
納得がいかないと抵抗しても、ラルゴの腕は頑なにティンカを掴んで離されることは無く。
悪足掻きとばかりにティンカは、もう片方の手で拳を握り…ラルゴの胸を震えるそれで何度も打ち付けた。
(ここまでか…)
オレが手を構えると、ジークは目を閉じ…オレに聞こえるかどうかの声でぽつりと呟く。
意を決し、一呼吸置いたの後。
オレは手の中に宿る魔力を、全て解き放った。
すると…
「…なっ……」
「どういう、こと…」
驚愕するルナーとコナーの声に弾かれ、
ラルゴとティンカが此方を見やる。
「え───…?」
「おい…」
魔族である二人も、双子同様に信じられない光景だったのかも…しれない。
それは死を覚悟していた、ジークリッドにも言えることだったみたいで。
「…まさかお前が、神子が…魔族を助けるなんて、な…」
閉じていた目をゆっくりと開き、息を吐く。
蒼白だった顔色は、やや生気を取り戻してきたけれど…
「しっ…まだ動かないで。」
オレはジークを制し、手の中に意識を注いだ。
トドメだなんて…平凡な世界で育ってきたオレが。
そんな大それたこと考えすら及ばないないし。
そもそもオレが…神子が出来ることなんて、
ひとつしかないんだから…さ。
「オレは…お前のしたこと全部を許せるほど、心は広くないよ。でも…」
魔族はただ野蛮で残忍で。
悪い奴ばかりだと教わってきた。
それはやっぱり、否定出来ないことも沢山あって。
けど人間の中にだって、グリモアみたいな奴もいるから…
それは魔族に限った話じゃないんだって、
オレは思う。
ともだちにシェアしよう!