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第12話 追い出された

「柳さんに……気持ち、伝えたのか?」 「まだ。これからだけど、焦るつもりはないから、じっくりとね」    言いたいことだけ言ってしまうと、佐野は機嫌良くオムライスを平らげた。  雪本は食欲などすっかりなくなってしまったのだが、佐野の手前平然と食事を喉に押し込んだ。   「雪ちゃん、応援してくれるよね! 邪魔しないでよ」    無邪気で冷たい笑顔を浮かべて、佐野は経理部へと戻って行った。  佐野からは雪本がライバルのように見えていたのだろうから、仕方ないことだろう。  元々友達というわけでもなかったし。    協力などしてやるつもりはないが、邪魔もしないよ、と雪本は心の中でつぶやく。  決めるのは柳さんだ。俺じゃない。  佐野が本気で柳を狙う、と知って雪本の気持ちは急速に冷えていった。  キスぐらいで浮ついていた自分がバカのように思える。  所詮、佐野のように積極的な行動をとれるヤツでないと、男とつき合うことなどできるはずがないのだ。    思えば最初に柳に佐野を紹介したのは、自分だった。  あの時、柳と佐野が恋人同士になる可能性をちらりと考えたりしたが、まさか本当になるとは……と雪本は深くため息をついた。   「雪ちゃん、今週も週末あかんの?」 「う~ん、ちょっと翌日朝早くから用事があって……」    柳の誘いに雪本は言葉をにごしていた。  あまりいつまでも避け続けるのも不自然だが、二人きりになる気分にもなれない。   「佐野ちゃんは?」 「佐野ちゃん関係ないやろ。俺は雪ちゃん誘ってんのに。雪ちゃん、佐野ちゃんおらん方が気使わなくてええんやろ?」 「そんなことないよ。こないだも佐野ちゃんと二人でお昼行ったし」    雪本は佐野とは仲良くしている、ということを強調してみる。   「そしたら、佐野ちゃん先に誘ってみて。俺は行けたら行きますから」 「そうか?それやったら誘ってみるけど……雪ちゃん、ひょっとして俺のこと避けてる? 迷惑なん?」 「避けてませんよ。たまたまです。行けたら行きますから」    柳の様子では、まだ佐野は柳に告白はしていないのだろう。  していたら三人で飲みに行くことになど、柳は同意しないはずだ。  そう思っただけでも雪本は少し安心する。  もう時間の問題なのかもしれないけれど、佐野と柳がつき合う、ということを宣告されるのはまだ辛いような気がする。  もう少し忘れたら。  あのキスを忘れたら、柳の幸せを笑顔で祝福できるかもしれない、と思うのだけれど。    週末結局三人で飲みに行くことになった。  柳がしつこく誘ってくるし、一度行っておけば柳も気が済むだろう、と雪本は諦めた。  佐野に邪魔をしないで欲しいと言われていたが、この場合、雪本が故意に邪魔をしているわけではない。    三人で居酒屋に到着してから、話をしているのは佐野と柳ばかりだ。  大阪弁の二人の会話には、雪本は入っていきづらい。  柳と二人なら平気なのに、三人のうち二人が大阪弁だと疎外感が強い。   「雪ちゃん、食べてるか? これ、うまいで」    柳が雪本の皿に食べ物をとってやると、ちらりと佐野が冷たい視線を投げかける。  雪本にとっては居心地悪いことこの上ない。    そのあとのマロンはパスして帰ろうと思ったのだが、ママが会いたがっていると柳がしつこく言うので、結局三人でマロンへ向かった。  雨のせいか店内に客はなく、十一時を回っても三人だけだった。  雪本は早く帰りたかったのだが、他に客がいないとなかなか自分だけ帰るとは言い出しにくい。    まあもう少ししたら終電の時間だから、それまでの我慢だ、とママと雑談をしながら飲んでいたら、柳がトイレに立った。  その途端、佐野が少し怒ったような顔をして雪本に言った。   「もう、雪ちゃん気が利かないんやから! 早く僕と柳さんを二人にしてよ。今日こそ告白しようと思ってるねんから!」 「あ、ああ……俺、邪魔なわけ?」 「にぶいなあ、雪ちゃん。それぐらい察してよ」    ふくれっ面をしている佐野を見て、雪本はなんだかすべてが馬鹿馬鹿しく思えてきた。  俺なんて結局ダシってことか。   「ママ。俺帰る」 「ああ、ちょっと待って雪ちゃん」    店を出ていこうとする雪本をマロンのママが追いかける。   「今日はねえ、もうお客さん来ないと思うから、私と飲みに行きましょ。帰りも送ってあげるから」 「ママと?」 「そう。私かってたまには休んでうさばらししに行きたいんよ。もう店閉めても構へんから、行かへん?」    ママは本気で誘っているようで、表の看板の灯りを消してしまった。  雪本はもうどうでもよかった。  ママを相手にやけ酒するのもいいかもしれない。   「そうですね、行きましょうか!」 「嬉しいわあ、雪ちゃんとデートやなんて」    ママはいそいそと支度をすると、雪本を店から押し出すように外に出た。   「あの二人のことはもう放っておきましょ。雪ちゃんかって、あんなん言われたら腹立つでしょう?」    どうやらママは雪本の気持ちを察して飲みに誘ってくれたようだった。  ママの気持ちに感謝しつつ一緒にビルを出る。   「どこに行くんですか?」 「隣のビルにいいお店ができたんよ。いい男もいるわよ」    男か……  雪本は苦笑してしまう。  相手が男でよいのなら柳が良かった。  今更他の男で気ばらしなどできるはずがない。   「気になる?あの二人のこと」 「いえ、俺は別に。俺はゲイじゃないから」 「あら、そんなん関係ないやないの。たまたま好きになった相手が男だったり女だったりするだけで、男を好きになったからゲイやとは限らへんわよ」 「でも……俺は男と寝る、とか無理ですから」    今晩柳は佐野を抱くのだろうか……と思いながら雪本は今出てきたビルを振り返る。  灯りの消えた店の中で、佐野が柳に告白をして二人はキスをするんだろうか。    

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