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第13話 賭け

「雪ちゃん、ほんとは柳ちゃんのこと好きなんでしょ?」 「自分でもよくわかりません……でも、佐野の方がお似合いだと思う」 「そんなこと雪ちゃんが決めることと違うわよ。柳ちゃんが選ぶことやないの」    ママは隣のビルに入ると足を止めて、雪本を階段の下の物陰に誘い込む。   「雪ちゃん、賭けしましょ」 「賭け? なんのですか?」 「柳ちゃんと佐野ちゃんが仲良う二人で出てきたら、いさぎよく諦めること」    そんなことは言われなくてももう諦めている、と雪本は思ってしまう。   「もし、柳ちゃんが雪ちゃんを追いかけてきたら、きちんと雪ちゃんの気持ち柳ちゃんに言うこと」 「それが賭ですか?」 「面白いやないの。ここで隠れて待ってみましょ。二人が仲良う出てきたら、今日はなんぼでも私がおごってあげる」    ママが面白がっているので、仕方なしに雪本も物陰に隠れる。  こうなったら二人を見届けて失恋してやる、という気分だ。  かえってこういうことははっきりと目で確認した方が諦めもつくというものだ。   「私はね、柳ちゃんが血相を変えて追いかけてくる方に賭けるわ。もし私が勝ったら雪ちゃんのおごりよ」 「わかりました。給料出たところだし、なんでもおごります」    笑いながら雪本は答える。  自分の失恋に飲み代を賭けるヤツなんているのかと可笑しくなってしまう。   「ほら、柳ちゃん出てきたわよ」    すぐ目の前に柳は一人で現れた。  走って出てきて、周囲をきょろきょろと見回している。  佐野の姿はなかった。   「私の勝ちやね。おごりは今度でええから、早く行って柳ちゃんつかまえなさい」 「でも……俺……」 「チャンスを逃したら、大事なもんなくしてしまうわよ。私は店に戻って佐野ちゃんの相手するから」    ママはとん、と雪元の背中を押すように叩くと、ビルの裏側から店に戻って行ってしまった。  柳は周囲を見回すと、うなだれたように道に立っている。  姿を現すのが気まずいような気がしたけれど、雪本は柳に声をかけた。   「雪ちゃん! 帰ったんと思た」 「ん……ママと飲みに行こうと思ったんだけど……」 「危ないなあっホンマに雪ちゃんは! ママやって男なんやで! なんでそんな無防備やねん」    柳はため息をつきながら、雪本の肩を抱き寄せる。   「なあ、そんなに簡単に他の男についていかんといてくれる? 俺の前でそういうこと、せんといてくれへんかなあ!」    いったい柳は何を興奮しているのだろう、と不思議に思う。  佐野は告白しなかったのだろうか。   「寂しいんやったら、俺がおるやんか。なんでママになんか頼るん? 俺やったらアカンの? 俺が雪ちゃんのこと好きなん、知ってるんやろ?」 「寂しいって……なんの話?」 「なんの、って……雪ちゃんが寂しいからって、ママが今日は雪ちゃんのこと慰めたる言うて、二人でどっか行ったって佐野ちゃんが言うから……」 「え? 佐野ちゃんが? っていうか、俺、佐野ちゃんに柳さんと二人きりになりたいから、邪魔やから帰れって言われたんだけど」 「え? 俺、早く追いかけないと、雪ちゃんがママに食われてしまうって佐野ちゃんが言うから……」    ひょっとして……俺たち、あの二人にハメられた?と柳と雪本は顔を見合わせる。   「えっと、佐野ちゃん、柳さんに告白しなかったの?」 「告白? なんの話やねん」 「佐野ちゃん、俺に柳さんもらうって。今日告白するって言ってたから」 「はあ? 雪ちゃんそれ、信じたん? 俺、佐野ちゃんとはつき合わへん言うたやんか。それに佐野ちゃん、課長と仲直りしてラブラブやで、今」 「ラブラブって……」    完全に騙されたようである。  佐野に至っては数日前にわざわざ喫茶店に雪本を呼び出して嘘の宣戦布告するほどの手の込みようだ。   「雪ちゃん、また俺のこと疑ってたんやな。どうりで最近ずっと様子ヘンやと思てたわ。俺なあ、この際やから言うとく。俺、雪ちゃん一筋やから。他の男なんかいらんから!」 「そんなこと言われても俺……」    俯いてしまった雪本を柳は抱きしめる。  雪本はただ、呆然と柳に抱きしめられているだけで振り払うこともできない。   「なあ、雪ちゃん……なんで抱きしめられても抵抗せえへんの?それって嫌じゃないっていうことやんな?」    嫌じゃない……嬉しいと思う。   「なあ、俺とキスしたん、覚えてる? ほんとは覚えてるんやろ? あれも嫌じゃなかったんやんな? 忘れたなんて嘘やろ?」    忘れるわけがない。  あんなに激しいキスをした相手は後にも先にも柳だけだ。  ビルの階段の下で、柳はまた雪本を壁に押しつけて迫る。  あの時の再現のように。   「雪ちゃん、キスしてええ? 嫌やったら、俺のことけっ飛ばして逃げるんやで」 「柳さん……」    逃げることなんてできない。  あれから何度も何度も思い出した柳のキスを拒むことなんてできない。    唇が重なる。  生温かい唇の感触に包まれて、記憶が蘇る。  とろけるような柳の熱いキスに泣きたくなる。   「雪ちゃん、俺……勘違いするやんか。雪ちゃん手つないでもキスしても逃げへんねんもん。振り払われて逃げられたら諦めようと思てたのに、諦められへんようになってしまったやんか」    柳はちょっと困ったような顔をして、雪本の顔を覗き込む。   「なあ、なんか言うて。雪ちゃん、俺のことちょっとは好き? 俺、希望持ってもええのん?」    いいんだろうか……柳に希望を持たせてしまっても。  俺はその気持ちに応えられるだろうか、とまだ雪本は迷っている。  決定的な言葉を口にすることができずにいる。  柳は突然雪本の手を引くと、通りに出てタクシーを止めた。

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