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第19話 昔の話
その日帰ってから、柳がかいつまんで話してくれたのは、高校時代から7年ほどの間の話で、柳が東京へ転勤してくるより数年前の話である。
野村とは高校時代に、ゲイ友の紹介で知り合い、すぐに付き合い始めたらしい。
柳が先日『友達だったことは一度もない』と言ったのは、そういう意味だったのだ。
野村は東京の大学に進学し、柳は地元大阪の大学に進学した。
それでも、遠距離恋愛で二人の関係は続いていた。
野村は東京の空気になじめず、柳は会いたいとわがままを言われるたびに、アルバイトで稼いだお金をつぎ込んで東京まで会いに来ていたのだという。
柳は大学を卒業して、東京の会社に就職すると野村に約束していたが、その望みは叶わなかった。
内定が決まったのが今の会社だけで、東京勤務を希望したが、柳は大阪支社配属になった。
うまくいかなくなったのは、その頃からだという。
柳が東京に来る気がないのを、野村は約束が違うと責めた。
大阪に別の恋人ができたのではないかと、疑うようになった。
柳は呼び出されれば週末は必ず新幹線で東京まで会いに来ていたが、野村のわがままはだんだんとエスカレートしていった。
ある時、平日の朝、携帯にメールが入っていた。
「会えなければ死ぬ」
そう一行だけ書かれた、野村からのメールを見て、柳は会社を休んだ。
もう、その頃には、気持ちも冷めかけていたのだが、放っておくことはできずに、野村のマンションを訪れた。
合い鍵を使って玄関に入ってすぐに、柳の目に入ったのは、見慣れない大きなサイズの男物の靴。
明かに野村のものではなかった。
奥へ続く扉が、少しだけ開いていた。
中から漏れ聞こえる、野村の喘ぎ声。
聞き間違うはずのない、恋人の甘い掠れ声が、別の男の名前を呼んでいる。
どこの誰かもわからない男の、うめき声。
もつれ合う二人の陰を、すりガラス越しに目にして、柳はそのまま玄関に合い鍵を置き、部屋を出た。
その瞬間に、野村との関係は、終わったんだと、柳は言った。
携帯の番号も変えて、野村とは一切その後連絡も取らなかったらしい。
アイツは、別に俺でなくてもよかったんだろうな、と柳は話の最後に苦笑した。
「でも、別れて何年も経っているのに、今更何の話だったの?」
「あの時のことは誤解だった、と説明に来たと言うんやけどな。でも、誤解も何も、俺、自分の目で見てしもたから」
「今でも許せない?」
「そうやのうて……今更そんなことはどっちでもええから、思い出させんといて欲しいんやわ」
柳の気持ちはわかる。
そんな裏切られ方をしたのなら、二度と会いたくないと思うのが普通だろう。
平然と会いにこれる方が、厚かましい。
でも、それでも必死に探して会いに来た、野村の執着心が雪本は少し怖いと思った。
会社の前で待ち伏せするなど、ストーカーに近い。
簡単に諦めるだろうか……
喫茶店で最後に野村を見た時の、雪本に向けられた恨みの目が不気味だった。
「柳さん、もしかしてあの人に、俺のこと話した?」
「雪ちゃんのこと、というか、恋人はおるって言うたで。やっと手に入れた最高の恋人やから、邪魔せんとってくれ、と言うといた」
「そんなおおげさに言わなくても……」
「だって、ほんまのことやろ?」
険しい顔をしていた柳の表情が、ふっとやわらぐ。
「俺、こんなことで、雪ちゃんに嫌な思いさせたないんやわ。それが本音」
柳は大きな手で頭をなでると、軽々と雪本を抱き上げてひざにのせる。
「あいつの話はおしまい。何も心配することないねんで。俺は、雪ちゃんがおったらええねんから」
抱きしめられて、唇が重なる。
今日、初めてのキス。
柳にすっぽりと抱きかかえられると、雪本は自分が子供になったような気分になる。
いつの間にか当たり前のように、いつも包んでくれている柳を、別の男が取り返しにくるなんて、想像もしていなかった。
あんなにキレイな男でも、たった一度の過ちで、7年も好きだった恋人を失うのだ。
恋愛って、怖いな、と思う。
もし、柳が浮気現場に踏み込まなかったら、二人はずっと続いていたんだろうか。
「柳さん……俺でいいの?」
「アホやなあ、雪ちゃん。俺がどんだけ惚れてるか、わかってへんのか?」
わかってない、とは言わないが、いったい自分のどこにそれだけの魅力があるんだろう、と雪本は不思議に思う。
「いつでも、抱きたいの、我慢してるんやで」
「ん……ごめんなさい」
平日にセックスをしてしまうと、翌日に差し支えるのでしない、というのは二人の間の暗黙の了解だ。
今日ぐらいは抱かれてもいいんだけど……と雪本が頭の中で迷っていると、柳が耳元に囁いてくる。
「俺は我慢するけど、雪ちゃんの、可愛がってもええ?」
柳の手が、雪本の下半身にスルリと伸びる。
雪本が黙って柳の首に抱きつくと、ベルトをはずして下半身をあらわにされてしまう。
抱き上げられ、ソファーの上に寝かされて、柳はその横にひざまづいた。
「雪ちゃん、大事にするからな」
「柳さん……あ、ああ……」
目を閉じると、とろけるような熱い快感が、下半身に与えられる。
言葉通り、本当に大事にされてる。
股間で上下する柳の頭を抱きしめて、雪本は身体を震わせた。
抱けないときには、いつもこうやって、一方的に柳は雪本のモノを可愛がる。
自分は我慢できなくなるからダメだと言って。
「あっんっ、もう、イきそうっ」
「雪ちゃん、ひざ立てて。ちょっとだけ、挿れさせて」
片膝を立てると、柳はローションで濡らした指を一本だけ、後孔に差し込んだ。
まだ慣れない違和感を、雪本はこらえる。
柳の指先が、雪本のいいところを、ピンポイントで捉えた。
びくっと雪本の下半身がはねる。
「柳さんっ、そこっ」
「わかってる、優しくするから」
指先でなでるように、中をクリクリ刺激されながら、口で前を扱かれて、快感の波が一気に押し寄せる。
「あ、あ、あっ、もうっ、イクっ」
柳の口の中に勢いよく出しながら、雪本は小刻みに何度も痙攣した。
何度経験しても、これ以上気持ちいいことはないと思う。
柳には申し訳ないと思うのだけど、セックスより優しくて気持ちいい。
涙目になって震える雪本の頭を、柳はニコニコしながらなでてやる。
「気持ち良かったやろ?」
「ん……柳さんは? いいの?」
「俺はええねん。週末を楽しみに溜めてるんやからな」
どこまでも優しい恋人。
こんな優しい人を、どうして裏切ったんだろう、と雪本は頭の片隅でふと思った。
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