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第21話 尽くすこと
しばらくすると、佐野が戻ってきて、その男が彼氏にフラれたらしいから、柳を貸せと言ってくる。
別に柳の所有権を主張するつもりもないので、雪本がどうぞ、と言うと、柳もお節介にその男を慰めに行ってしまった。
こういう時、ゲイ同士というのは、何か連帯感のようなものがあるのかもしれない。
柳がその男を慰めている間に、雪本は佐野に気になっていた話の続きをする。
「なあ、佐野ちゃん。恋人に尽くすってどういうことかなあ」
「なんで?」
「俺、柳さんに、何にもしてあげてないから」
「いいんじゃないの? 柳さんがそれでも雪ちゃんがいいって言ってるんだから」
柳がなぐさめている男は、よほどフラれた相手のことを好きなのか、涙を浮かべている。
そんなに好きなら、取り戻しに行けばいいのに、と雪本はぼんやり思う。
「さっきの男。柳さんに尽くしてたんだってさ」
「へえ。そうは思えないけど」
「どうして」
「柳さんて、自分が尽くすタイプでしょ? 尽くされた相手を捨てるような人じゃないと思うけど」
それはそうかもしれないけど、本気で尽くしていたのなら、7年間という月日は、雪本から見ると重い。
あの男が本気で柳を取り戻しに来たら、柳はどうするつもりなんだろう、と思えてくる。
「そんなに心配なら、雪ちゃんも頑張ってみればいいじゃん」
「頑張るってどうやって? 佐野ちゃん、恋人に尽くしてる?」
「僕の場合は……ちょっと特殊だけど、彼には何でもしたいことさせてあげてる」
「何でも?」
「そう。結局最後は何でも許しちゃう。こないだなんて、乳首にピアスつけられちゃったし」
その話は、雪本も聞いて知っている。
そういえば以前は佐野もよく恋人ともめていたようだが、最近はすっかり落ち着いたようだ。
「雪ちゃんも、イロイロさせてあげたら? 柳さんに」
「イロイロって……」
柳にはそんな変態趣味はないぞ、と雪本は心の中でつぶやく。
でもなあ……
いつも柳にしてもらってばかりで、何も喜ばせるようなことはしていない自覚が雪本にはある。
俺がしてあげられることってなんだろう。
あんな風に自信を持って、尽くしていたと言い切れるのは、柳にどんなことをしてあげていたというんだろう。
佐野と無駄話をしている間に、柳が慰めていた男のところへ恋人が追いかけてきて、一悶着あったものの元サヤに収まったようだ。
佐野はそっちが気になるのか、席を移ってしまった。
ごめんな、と雪本の頭をなでて、柳が隣に戻ってくる。
二、三十分の間だったが、他の男のところへ行っていたのを、一応気にしているようだ。
雪本は、柳がなぐさめていた男が、恋人とキスをして仲直りをしているのを見て、少し羨ましいと思っていた。
柳とは、まだ、ケンカができるほどの絆がないような気がして。
「本当に好きだったら、ちゃんとケンカしても元に戻れるんですね」
「そうや。本当に好きやったら、追いかけてくるもんやろ?」
柳の無意識の言葉に、雪本は胸が痛む。
だから柳の元恋人も追いかけてきたんだろうかと思う。
「雪ちゃん、帰ろか。佐野ちゃん、向こう行ってしもたし」
「いいのかな。放って帰っても」
「構へんよ。雪ちゃん、なんか話あるんやろう?」
「ん……じゃあ」
盛りあがっている、佐野たちを残して、柳と雪本はそっと店を出た。
「また来たんか。それで、雪ちゃんに何言うたんや」
「まあ、やつ当たりみたいなことだったけど」
「やつ当たりってどんな」
「俺はぼーっとしてるから、柳さんの好みじゃないらしい。佐野ちゃんの方が柳さんの好みだって」
「佐野ちゃんもおったんか。しかし、なんやねん、人の好みを勝手に決め付けて」
「結局、俺じゃなくて、佐野ちゃんが柳さんの恋人やと思ったみたい」
柳は険しい顔をしていたが、少しだけ苦笑した。
「佐野ちゃんなあ……まあ、ええとこあるとは思うけどな。でも、俺の好みのど真ん中は雪ちゃんやから、そこは心配せんでええよ」
「俺のどこが? 俺、柳さんになんにもしてあげてないのに」
「雪ちゃん、出会った時から可愛かったで……初めてキスした時は、しばらく眠れんかった。俺にとっては、天使みたいやったわ」
「柳さん、俺にもっとしてほしいと思うこととかある?」
「俺な、こんなにしてあげてるのに、って頑張るタイプ、苦手やねん。見返り求められてるみたいでしんどくなる」
尽くしていた、という野村の言葉を思い出して、雪本はドキリ、とする。
ヘタに何か尽くさないといけない、と考えていたのを見透かされたような気がして。
「そやから、雪ちゃんは、ただおってくれるだけでええよ。何にも頑張らなくてええねん。俺が好きやねんから」
本当にそれでいいのかな、と雪本はまだ少しだけ不安に思っていた。
ただ側にいるだけで、柳をつなぎとめておけるのか、自信が持てずにいた。
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