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―傷跡とナイフ―
衝動的にやった後、罪悪感よりも不思議と気持ちが落ち着いた。温かい湯船の中でボンヤリとしたまま、腕を下に向けた状態でだらんとさせた。
リラックスした気分になると、目を瞑って浴槽の中に背中を向けて凭れた。段々と眠くなってきたから、このまま寝ようかなと思った。
ひょっとしたら、このまま湯船に浸かりながら楽に逝ける気がした。近くの洗面器に不意に目を向けると、手を伸ばそうとした。
死への『誘惑』が自分を誘うように。少しづつ正気を失っていく。それがイケない事だと言う、判断さえも段々と出来なくなる。そうなると本能のまま身体が動いてしまう。
無意識に腕を伸ばして、近くにあった洗面器を取ろうとした。そしてそのあと傷口が血で固まらないようにお湯を入れようとした。
気持ちが徐々に死へと加速していく。その衝動を抑える相手も誰もいない。今ここに居るのは自分だけだった。
――あと少し。
指先が洗面器に届いた瞬間、偶然にも風呂場の戸が開いた。
「貴也君、大丈夫? のぼせてない?」
そう言って里葎子さんが心配そな声で風呂場を覗いてきた。その瞬間、二人して目が合った。
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