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―傷跡とナイフ―
瞳を閉じると一瞬だけ、自分が幸せだった頃を思い出した――。
まっさらな青空に明るい太陽の下。白い別荘の近くにある大きな浜辺で小さな手で綺麗な貝殻を拾った。
誰かに呼ばれると後ろを振り向いて、駆け足で二人の下に駆け寄って手を繋いだ。あの時の波打ち際に響く小波の音が心地良かった。
リボンが付いた麦わら帽子に、白いワンピース姿の母が自分に優しく微笑んでいた。彼女は透き通る色白の肌に、長い髪の白金(ホワイトブロンド)が似合う美しい人だった。自分にとってはまさに自慢の母だった。そして、その隣で父も幸せそうに笑っていた。
「……なにを急に感傷に浸ってるんだ。こんなの俺らしくもない」
『ねぇ!』
いきなり肩を叩かれて振り向いた。そこには、スーツを着た年配の中年男性が立っていた。
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