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―傷跡とナイフ―
「やあ、おかえり胤夢。随分と遅かったな――」
そう言って彼はワイングラスを手のひらで揺らしながら一口飲んだ。その隣には長身で若い男の秘書がいた。
「園咲先生。今回ですが、ニューヨークで開催されたアート展覧会は大成功でしたね。以前よりも増して作品への熱意が感じられます。特に先生が今回出展された作品は他の作品よりも抜きに出て人気を博してました!」
秘書の男は彼にそう話すと、少し興奮した様子だった。その話しに彼は『当然だ』と言って鼻で笑って答えた。
「先生の作品を観られた人達は皆、息を呑む美しい絵に心を奪われたように立ち止まって見惚れていたと聞きました。さすが現代の天才画家と呼ばれるだけにあります。あとアート雑誌からの取材が数件ほど入ってます。少々気が早いですが注目を浴びている今、日本でも今回の作品をメインに個展をやられてはどうでしょうか?」
「――個展か、良いだろう。場所とスケジュールは黒嵜 君に任す。私としても数多くの人達に今回の素晴らしい作品を観て欲しい所だ。君には分かるかい? 美しいものこそが人の心を動かす素晴らしさを。私はあの絵に『美』を追求した迄だ。そう、少年の儚さと美しさと純潔を。私にとって彼らは天使そのものなんだよ」
彼は上機嫌に話すと息子に目を向けた。
「待ってたよ胤夢。さあ、父さんと一緒に食事を食べよう。そこに座りなさい」
「父さん帰ってたんだ……」
「ああ、1日ほど早く切り上げた。きっとお前が、一人で寂しいと思ってな」
そう言って彼は話すと、自分の斜め右側の席に座らせた。胤夢は黙って席に座ると、視線を合わさずに目を反らした。
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