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―傷跡とナイフ―
『やめてよ父さん…――!』
咄嗟に抱き締められた腕を振り払った。父は驚くと不思議そうに聞いてきた。
「どうしたいきなり? いつもの事だろ?」
胤夢はその場で身体を震わすと、顔を真っ青にさせた。
「違う、こんなの……!」
「顔色が悪い見たいだな。もう一度、顔を見せてごらんなさい」
「ほっといてくれ…――!」
顎を指先でクイッと上に向けると其処で父は、顔についてる小さな傷に気がついた。その途端に彼は豹変した。
「どうした、この顔の傷は…――!?」
「あっ……!」
父は急に顔色を変えると激怒した。そして、その怒りの矛先は別の者に牙を向いた。突然、胤夢の腕を掴むと椅子から立ち上がって食堂から出た。そして、真っ先に調理場へと向かった。
「とっ、父さん……!?」
「アイツめ!」
調理場の扉を開け放つと、中でスープを温めていた家政婦の千尋がいた。そして、いきなり彼は激怒した鬼の形相の顔で向かってきた。
「だっ、旦那様……!? まだスープは、温まっていません…――!」
『ええい、此奴めっ!!』
大きな声で怒鳴ると彼女の肩を掴んで、片方の手で顔を平手打ちした。その弾みで彼女は、床に倒れた。
『キャッ!』
「貴様、よくも私の大事な息子の顔に傷をつけてくれたな!?」
「ちっ、違います! 私は知りません……!」
「戯れ言を抜かすつもりか、この家に居たのは、息子とお前しかいなかったんだぞ!」
そう言っていきなり馬乗りになると、彼女の顔を平手で叩いてキツく叱りつけた。激しく叩かれるとビンタの嵐に顔から鼻血が出た。
「私がいない時に勝手に息子に手を上げたんだろ! 母親気取りの躾のつもりか、この図々しい薄汚い女め!」
彼は彼女を罵倒しながら叩くと、激怒したまま取り乱した。さっきまでとは違う父親の鬼の姿に胤夢は絶句して壁に背中をつけて凭れた。その姿は『異常』としか思えなかった。
自分を大切に思う、父の歪んだ愛情に。胤夢は頭を両手で抑えながら狼狽えると必死に叫んだ。
『やめてよ父さん、やめて!』
「よくもよくも、私の可愛い息子に…――!」
激しく怒鳴り散らしながら叩き続けた。まるで全てを見失うかのように、糸が切れた人形のように彼は暴走した。
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