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―傷跡とナイフ―

激しく叩かれると彼女の顔は赤く腫れ上がった。それでも止めない父を見て、胤夢は間に割って入ると必死に止めた。   「違うんだ父さん! 千尋さんは関係無い!」 「お前、この女を庇う気か!?」 「父さん落ち着いて…――!」 「ちっ、違います旦那様! 私は決して貴方様が大事になされているお坊っちゃまに、手を上げたりなんかしません! 本当です、どうか信じて下さい!」 「まだ言う気か此奴!貴様の顔など見たくない、この家から今すぐ出て行け!」 彼女はボロボロの身体で彼の足下に縋ると必死に訴えた。その言葉にまだ疑ってる様子だった。 「お願いします旦那様、どうか私をこの家から追い出さないで下さい! どうか貴方様のお傍に、いつまでもお仕えさせて下さい!」 泣き縋りながら必死に懇願する彼女を見て、胤夢は父に本当の事を話した。 「父さん違うんだ、コレは自分でやったんだ! だから彼女を責めないで――!」 本当の事を話すと、父を後ろから抱き締めて胤夢は涙を流した。その言葉に彼は正気に戻ると彼女を叩く事を止めた。 「お前は一体、何故そんな馬鹿なことを――!」 「責めるなら俺にしてよ、千尋さんをこれ以上傷つけないで!」  その言葉に後ろを振り返ると父は一言話した。 「バカを言うな、私がお前を叩くわけないだろ!  お前は私にとってかけがえのない、唯一無二の宝だ。父さんが一度でもお前に手を上げた事があるか? ないだろ。おお、私の大切な息子よ――」  そう言って両手でぎゅっと抱き締めると、彼は冷静さを取り戻して彼女に謝った。 「すまなかった。どうやら私の勘違いだったようだ。それでも君を叩いた事は決して許される事ではない。どうすれば許して貰えるのか…――」 深々と反省して落ち込む彼を見て、彼女は責める事もなく許した。 「旦那様、誰にでも間違いはあります。私は気にしていません。ですが、どうかこの家で家政婦としてこれからもお傍でお仕えさせて下さい」  彼女の真っ直ぐな気持ちに彼は頷くと、一言『ああ』と言って頭を優しく抱き締めた。さっきとは違う。穏やかな彼に戻ると千尋は涙を流して腕の中で泣いた。疲れた顔で立ち上がると、父は一言話した。 「お前は分かっていないが、その体は母さんから貰った大切な身体だ。無闇に顔や身体に傷をつけたりしては駄目だ。わかったな――」 その言葉に胤夢は『分かってる』と返事をすると調理場から出て食堂を抜けると、二階に上がって自分の部屋へと戻った。  

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