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―傷跡とナイフ―
壁に向かって背中をつけると、拒絶するように身を引いた。
「駄目だよ父さん、こんなの……」
「胤夢。私の大事な息子よ…――」
「お願いだから出て行って……」
「頼むから『拒絶』しないでくれ。母さんを亡くした私には、お前しかもういないんだ」
「そんな事言ったって…――」
「お前は私の全てだ」
「駄目だ、彼女が居るだろ……!?」
咄嗟にその事を口走ると父は耳元で囁いた。
「大丈夫だ。彼女なら家に帰らせた」
その言葉に唖然となると息を呑んで、父の顔を見た。そして、身体が僅かに震えると胤夢は目を反らした。
「それでも彼女は《《居る》》。俺達を見てる」
「大丈夫だ。この家にはお前と私しか居ないさ――」
壁際に追い詰められると、息を呑んで顔をジッと見つめた。片手で胤夢の髪を触ると一嗅ぎして、恍惚した表情で話した。
「お前は母さんとそっくりだ。その目も顔も髪もなにもかも全部。頼む、父さんの寂しさを埋めてくれ……」
「やめてよ……」
「お前は私の『もの』だ。誰にも渡したりなんかしない」
「お願いだから……」
「胤夢、愛してる…――」
「だ、駄目だ……」
逃げ道を塞がれると胤夢は拒絶しながら、困惑した表情で話した。それでも父は耳を傾けずに、手の上に自分の手を重ねた。
「なあ、頼む。私を拒まないでくれ……」
そう言って欲望のままに床に押し倒した。そしてキスをすると、強引に支配しようとした。咄嗟に抵抗しようとした時、指先にカッターナイフが当たった。
胤夢は一瞬、そのカッターナイフで父の事を刺そうとした。だが、彼にはそれが出来なかった。机の上にある写真立てが目に入ると、その衝動を躊躇わせた。そして、諦めたように瞳を閉じると『好きにしろよ』と言って顔を背けた。
無抵抗になると彼は欲望のままに、我が子を妻の身代わりのようにして愛した。
着ている服を脱がされながら、胤夢は一言も言葉を出さずにただ写真立てを見ながら、天井を見上げた。まるで自分の心を切り離したように、彼は其処には居なかった――。
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