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―傷跡とナイフ―
――翌日、父の車に乗せられて学校へと送られた。助手席に座ったまま、胤夢は頬杖をつきながら窓の外を黙って見ていた。
一言も話さずにただボンヤリしている息子の隣で父は楽しげに話した。
「なあ、胤夢。今日は雑誌の取材が終わったら夜にOCEAN DISH Q’on の夜景が綺麗なレストランで一緒に食事でもどうか?」
「何で?」
胤夢は頬杖をついたまま、窓の方を見ながら聞き返した。
「忘れたのか?10月24日は父さんの誕生日だろ。だから『特別な日』をお前と二人きりで親子水入らずで祝いたいんだ。そう、誰にも邪魔されずに。分かるだろ?」
そう言って彼は右手でハンドルを握りながら運転し、左手を伸ばすと胤夢の右手をそっと握った。いきなり手を握られると一瞬、体が反応した。
そして、窓から視線を外すと父の顔を見た。
「べつに俺じゃなくても良いだろ? 千尋さんがいる。彼女と二人で祝えば良いじゃないか――」
『お前とじゃなきゃ意味がない! 私の前であの女の名前は口にするな!』
そう言っていきなり急ブレーキを踏むと、父は感情的になりながら大声で怒鳴った。胤夢は助手席で驚くと唖然とした。心臓がドクドクと、脈を打つと顔から血の気が引いた。
「わかった。行けば良いんだろ、行くよ。だからいきなり怒らないで」
「――本当か? ああ、良かった。早いうちに予約したから、お前に断られたら父さん一人で行く所だったよ。すまない、いきなり怒鳴ったりして。いい加減、このカッとなる癖を治さないとな」
父はそう言って隣で笑うと、胤夢は笑ったように口元をひきつらせた。
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