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抜擢2
「大阪は楽しかったか?」
「えっ? あぁ、まぁ……」
信号が変わり視線が外れ、それと同時に口を開いた兄からの予想外の質問に戸惑いつつも、蓮は曖昧に言葉を濁す。流石にバスの中で引っ掛けた男とヤリまくって観光どころでは無かったなんて口が裂けても言えるはずが無い。
適当に誤魔化すと、凛は特に追及してくる事無く再び前を向いた。
「そうか……。なら、いい」
「……?」
相変わらず何を考えているのか全く読めない。本当に何処に連れて行こうとしているのだろう?
蓮の疑問を置き去りにしたまま、車はとあるスタジオの駐車場へと滑り込んだ。
「兄さん。こんな所に何の用が」
「着いてくれば分かる」
それだけ言って車を降りる兄の後を追い、建物の中に入る。見覚えのあるスタジオ、懐かしいセットの数々。廊下に乱雑に積まれた段ボールから覗く小道具や衣装。
それらを見た瞬間、嫌でもここが何の施設なのか理解させられた。
しかし、何故ここに自分が連れて来られたのか分からない。 なんだか嫌な予感がする。
困惑しながらも、とりあえず兄に言われた通りついて行くと、一つの扉の前で足を止めた。
「御堂です。弟を連れてきました」
ノックと共に声をかけると、中からは聞き覚えのある声で入室を促す言葉が返ってきた。
「失礼します」
兄に続いて部屋に入ると、そこには予想通りの人物が居た。
仕立てのいいスーツを身に纏った、初老の男性。やや大きめの眼鏡が狐のように吊り上がった目元を隠しているが、それでも隠しきれない鋭い目つきは健在だ。
「久しぶりだね蓮君」
「お久しぶりです猿渡監督」
彼は主に特撮系を多く手掛けている名監督である。彼は監督としての見る目も腕もいいが、女好きで有名で気に入った女性タレントの主演映画は必ずチェックし、枕営業を持ちかけているという噂もある。
正直言って苦手な相手の一人である。
スーツアクターとして活動していた頃はよく声を掛けてくれて世話になっていた。
しかし、引退した今、彼と会う意味がよくわからない。
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