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抜擢 7
『小鳥遊 凪 』と紹介され爽やかな笑顔をカメラに振りまいている男は、何度見たってあの時の彼と同一人物にしか見えない。
まさか、彼がこの作品の主役だったなんて……。
と言う事は、アクターの仕事を受ければ約半年近く彼と行動を共にすることになる。
「……」
不埒な妄想が脳内を過り、蓮は慌てて頭を振って煩悩を払い落とす。
落ち着け、何を考えているんだ。そこにいる彼がまだあの時の彼だと決まったわけじゃ無いだろう。
「どうした? 具合が悪いのか? 顔が赤いぞ」
「……大丈夫。なんでもない」
心配そうに覗き込んでくる兄の視線から逃れたくて思わず顔を背ける。
「そうか……。それより、お前にはあの小鳥遊凪のアクター役をやってもらいたいと思っているんだ」
「……ッ、僕はまだやるなんて一言も……。それに、彼……まだ役者を始めたばかりって……」
アナウンサーの説明では、今作品がテレビ初出演にて初主演作品らしい。
「初めてのオーディションで、初主演を勝ち取るって事がどれだけ凄い事なのかわからないか?」
「それは……確かに……」
「彼のオーディションでの演技を見て、監督がコイツは化けると確信したと言っていた。だから、アクターもそれなりのヤツじゃないと務まらない。それは理解できるだろう?」
兄の言葉に蓮は静かに頷いた。 確かに猿渡監督は人間性に問題は多々あるが、人を見る目だけは確かにある。戦隊モノが若手俳優たちの登竜門になっているとまことしやかに囁かれているのも事実だ。
そんな監督の目に止まったということは、きっと何か光るものがあるのだろう。
確かに彼は、不思議な魅力を放っていた。実際の演技を見たことは無いが、蓮自身、初めて会った時に何か秘めている物を感じたのを覚えている。
彼がもし、あの時の青年だったら……?
その時、ほんの一瞬だが壇上の彼と目が合った気がした。
彼もまたまさかこんな所で会えるとは思わなかったと言わんばかりの顔をして、作った笑顔のまま固まってしまっている。
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