20 / 351

抜擢 8

だが、それも束の間。 「本番5秒前でーす!」スタッフのカウントダウンの声で我に返る。 気がつくと、ナギと呼ばれた青年はもう蓮を見ていなかった。 営業スマイルなのか、人好きしそうな笑顔でインタビューに答えている姿はこの間で会った青年とは別人のような雰囲気を醸し出していて、やはりただの勘違いだったのか?  と、内心首を傾げる。 他人の空似にしては似すぎている気がするが……。 やっぱりあの時、名前くらい聞いておくべきだった。そうすれば、もう少し確信を持てたかもしれないのに――。と、そこまで考えて、ふとある事に気付く。 何故自分は彼に拘っているのだろうか。 自分にとって、彼は一体何なのだ?  別に特別な関係でも何でもない。 ただの行きずりの……一夜限りの関係だ。 それだけのはずなのに――。 このモヤモヤとした感情は何だと言うのだろう。 「なんだ、彼の事が気になるのか?」 まるで自分の心を読まれたかのようなタイミングで声を掛けられて、思わずギクリと肩が震える。 けれど、兄に動揺している事を悟られるのが嫌で、必死に平静を装い「そんなんじゃない」とだけ返し、視線を舞台へと再び移した。 すると、いつの間にか司会者との会話を終えていたナギが真っ直ぐこちらに向かって歩いて来るではないか。 (えっ!? な、何だ?) どうしていいかわからず、固まっているとナギが自分と凛の目の前で立ち止まった。 間近で見る彼は、遠目で見ていたよりもずっと綺麗な顔をしている。 芸能人特有の作り物めいた美しさではなく、自然体で生み出しているような中性的な顔。 その瞳に見つめられているだけで、何故かドキドキしてしまう。 思わず息を呑んで見惚れていると、ふっと柔らかく微笑まれ、そして――。

ともだちにシェアしよう!