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抜擢 9
すっと差し出された手は自分ではなく、凛へと向けられていて――。
「初めまして。御堂、凛さんですよね? 俺、ずっと凛さんのアクションに憧れてたんです」
「――え?……」
一瞬で頭が真っ白になった。
自分の事を認識していない? やっぱり赤の他人だったのか?
兄のすぐ隣にいるのにまるでその場に存在していないかのような扱いを受け、ショックを隠し切れず戸惑う蓮をよそに、ナギは屈託のない笑顔を凛に向けている。
やっぱり目の前にいるこの人は別人なのだろうか? 実は双子か何かか?
でなければ、自分を無視する意味が判らない。
そんな連の戸惑いなんか知る由もなく、相変わらずナギは凛だけを見て、夢見心地と言った表情を浮かべながら言葉を紡いでいく。
「小さい頃からずっと好きだったんです。引退してしまって随分経つから……。まさかこんな所でお会いできるなんて思ってもみませんでした」
「そ、そうか」
口下手な兄が困惑しながら頬を掻いた。照れている時によくする仕草に気付いて、蓮の中でもやもやとした気持ちが広がっていく。
「今日はどうしてここに? もしかして……」
「俺は元々スタッフとしてここに居るだけだ。今日は弟に現場を見せたくて連れてきただけで」
「……弟?」
そこでようやく、ナギとはっきり目が合った。蠱惑的な瞳に吸い込まれそうに錯覚するほど魅入ってしまいそうになり視線を彷徨わせた。
「……へぇ、弟さんなんですか。凛さんもイケメンですけど、弟さんはタイプの違うイケメンですね」
マジマジと上から下まで舐めるように見られ、何となく居心地の悪さを感じて一歩後ずさると、それを阻むかのようにぐいっと腕を引っ張られた。
「ふふ、そんなに警戒しないでくださいよ。別にこんな所で襲ったりしないってば」
「!?」
耳元に唇を寄せながら、含みのある言い方をされて蓮はぎょっと目を見開いた。
「――初めまして。小鳥遊 凪です。よろしくね」
にっこりと人好きのしそうな笑顔で握手を求められ、おずおずと手を差し出すとギュッと力強く握られた。
その強さに思わず顔を顰めたその瞬間。
「――俺との事、もしバラしたら許さないよ?」
今までの猫撫で声が嘘のような低い声色で耳元に囁かれ、ハッとして顔を上げると、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるナギの顔がすぐ近くにあった。
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