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秘密の関係 14
「蓮君。ちょっと寒いけど、潮風が気持ちいいよ」
雪之丞が目を輝かせて見つめる先にあるのは夕闇に染まりかけた海だ。水平線の向こうには既に日が落ち始めていて空がオレンジ色に染め上げられている。
キラキラ光を反射する海面はとても美しく幻想的な雰囲気を醸し出している。だが、今の蓮に景色を楽しむ余裕なんて無い。
「……兄さん、どうして僕を此処に連れてきたんだ?」
硬い声で尋ねれば、凛は静かに口を開いた。
「……言ったはずだ。お前の今の現状を知る必要があると」
「それはわかってる! でも、何もここじゃなくったって……」
「此処じゃないと意味が無ないだろう。再びお前がアクションと向き合うには必要な事だ。――ここは、お前が大怪我をした場所なんだから」
「……っ」
凛の言葉を聞いて、思わず蓮は唇を噛みしめた。忘れるはずが無い。
2年前のあの日、確かに自分はこの少し先にある崖で撮影に挑んでいた。
危険なスタントは何度も経験して来たし、通常なら怪我をするはずのない場所だ。
誰もが、――自分自身でさえ、蓮は大丈夫だと思い込んでいた。
危険なアクションはそれだけで見応えがあるし視聴率にも直結してくる。
そこに慢心や油断があったのかもしれない。
結果、蓮は踏み切る際にスタッフの一人が片付け忘れた小道具を踏み、足を滑らせ崖下に転落してしまったのだ。
「……蓮君……」
「……ッ」
「出来ないというのなら無理にやらなくていい。インパクトに欠ける作品にはなるだろうが、監督に掛け合って今後危険なシーンは極力省いて貰うだけだ。だが、実際にお前が何処まで出来るのか、知っているのと知らないのとでは結果が大きく違ってくる」
「……」
兄の言う事は理解できる。稽古場でのアクションは問題なく出来ていた。しかし、本番となれば話は別だ。
実際にスーツを着て動くことで、身体の動きや体重のかけ方、足の踏み込みなど微妙な変化が必ず生じる。撮影が始まってからでは、やっぱり出来ませんなんていう訳にはいかない。
だから、凛はあえてあの時と同じ場所で同じ状況を作り出すために、海を選んだのだろう。そう考えると、相手役に雪之丞を選んだのも納得がいく。
彼なら気心も知れているし、自分が万が一崩れてしまっても他言はしない筈だ。
流石に東海や、他の後輩アクター達にみっともない姿を晒すわけにはいかない。
「……わかった。やってみるよ」
「本当に、大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべて覗き込んでくる雪之丞に曖昧な笑みを返す。
正直言って自信はない。波の音を聞くだけでも足が震えるのにスーツを着てアクションが出来るのだろうか?
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