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撮影開始 7

だんだん腹が立ってきて、蓮は苛立ちを抑えようと深呼吸をする。 「あのさ、そもそも、今回の件は俺にオファーが来たのは代役でだったはずじゃないか。元々出演予定だった奴が来られなくなったから、たまたま空いていた俺が抜擢されただけ。そこを間違えないで欲しいんだけど。一度引退した僕を引っ張り出さなきゃいけないほど、切羽詰まってたんでしょう? それなのに、なんでそんな言い方されないといけないんだ」 少しきつい口調で反論すると、凛は一瞬怯んだものの、すぐに気を取り直したように鼻を鳴らしてきた。 「あれはお前を乗せるための方便だ」 「は?」 何を言われたのかわからず思わず呆けてしまった。 自分をを乗らせるための方便? どうしてそこまでする必要が? ますます意味が分からなくて困惑する蓮をよそに、凛は尚も言葉を続ける。 「……蓮、お前はもう少し周りを見た方がいい。棗や逢坂に出来ていてお前に出来ていないものが見えてくるはず。今のお前の演技は独りよがり過ぎる」 「あの二人が出来てて、僕だけが出来てないもの? 質問の答えになってないよ。兄さん!」 「俺が今、言えるのはここまでだ。後は自分で考えろ」 「なっ!」 そう言うと、凛は背を向け歩き去って行った。 兄は結局なにを言いたかったのだろうか? 自分に何を求めている? 雪之丞達が出来ていて自分ができていないものとは一体? 「……わかんねぇ」 一人残された蓮は、頭を抱えながら天を仰ぐ。 後半の撮影中、何度もその事を考えてみたが、結局いくら考えても、凛の言葉の意味を理解することはできなかった。

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