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嫌だ!!
結局朝方まで眠れなかった。瞼が重い。頭も痛いし、身体も怠い。目の下には心なしか隈が出来ているし最悪だ。
こういう時、アクターで良かったとつくづく思う。マスクを被ってしまえば、大抵の事は誤魔化せる。
欠伸を噛み殺しながらスタジオに向かって歩いていると、ほんの少し先にフワフワとした茶色い髪が揺れているのが見えた。
どうやら、こちらには気付いていないらしい。少し驚かしてやろうか? なんていたずら心が芽生え、そっと背後から近づこうとして、ピタリとその足を止めた。
脇にある自販機に居た男がナギに近付いて行くのが視界に入ったからだ。
男は、馴れ馴れしくナギに声を掛けると、彼の細い腰に腕を回して抱き寄せるように密着しだした。
「もぅ、やめて下さいよぉ」
なんて言いながら、形ばかりの抵抗をみせるものの、満更でもないといった様子にイラつきを覚える。
何だよその態度は……。嫌ならはっきり断ればいいじゃないか。
その男に、蓮は見覚えがあった。だが、どこの誰だったのか思い出せない。
だが今はそんな事どうでもいい。
とにかく、ナギにベタベタ触るなと言いたかった。
知らない男が、彼の体に触れているという事実が堪らなく嫌だ。
蓮は二人に気付かれないように気配を消しつつ、ゆっくりと近づくと、仮面のような笑顔を張り付かせナギの肩にポンと手を置いた。
「っ! お、お兄……さんっ!?」
「おはよう、ナギ。随分楽しそうだね。こんな所でなにやってるの?」
自分でも驚くほど抑揚の無い声が出た。
感情を一切押し殺し、表情筋を総動員させて作り笑いを浮かべ二人を見比べる。
だが、いくら笑顔を装っていても目だけは笑ってはいなかったようだ。
目の前の男を射殺さんばかりに睨みつけてしまったらしい。
男は引き攣り笑いを浮かべ、慌ててナギから手を離した。
「あ、あー、ごめんねナギ君。用事を思い出したから、もう行くよ! さっきの話はまた今度!」
「あっ! 犬飼さん……っ!?」
(さっきの、話? 一体何のことだ?)
脱兎の如く勢いで走り去って行った男の後ろ姿を見送り、蓮はチッと舌打ちを一つ。
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