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取引 10

ざわざわと騒がしい編集部では沢山の職員たちが記事作りのため慌ただしく動き回っている。受付を済ませ応接室に通された一行を笑顔で出迎えたのは、編集長である犬飼だった。 「やぁ、草薙君。それに皆さんも、よく来たね」 ドアを開けた瞬間、人好きのしそうな柔らかい声が響く。その声に、俯いていた視線が吸い寄せられた。 コイツが、犬飼? そこに居たのは、端整な顔立ちをした、初老の人物だった。きちんと伸ばした背筋が美しい長身に切れ長の涼やかな目元が特徴的だ。白髪こそ所々に混じってはいるものの、若かりし頃は相当モテていたのではないかと思われるほどの美形。 「すみません。お忙しいのにわざわざお時間を作っていただいて」 「なに、構わんよ。それより、例の件だが……」 犬飼はそう言って室内に設置されたコーヒーサーバーから紙コップにコーヒーを注いで机に置いた。座ってくれと促されたので全員がソファーに腰掛ける。犬飼は蓮と対面するように反対側に腰を下ろした。 「結弦君からおおよその話は聞いている。キミのお兄さんからも散々記事を出すのは待って欲しいと釘を刺されていたんだがね、こっちも商売が掛かっているんで、これ以上待つのは厳しい」 「犬飼さん。そこを何とか出来ませんか? ご存じかと思いますが、彼と僕らが出演している獅子レンジャーは飛ぶ鳥を落とす勢いで高視聴率を叩きだしているんです。歴代の戦隊ものの中でも一位、2位を争う人気だと自負しております。それを、根も葉もない噂で潰されてしまうのは到底納得できるものではありません」 「ふむ……」 結弦の言葉に、犬飼は顎に手を当てて考え込む振りをしているようだった。やはり、結弦が言うとうりもっと売れるネタを提供しなければ、自分達の要求は通らないのだろうか? マスコミ他雑誌の編集部だって、子供番組の主役二人による熱愛報道は格好のネタだろう。 「結弦君。キミの熱意は充分にわかった。でもね、こっちも商売なんだ。要は売れればどんな情報でもネタにするが今のところ、御堂蓮君達の記事以上の美味しいネタは無いんだよ。今や超が付くほどの人気俳優に成長したキミの熱愛報道とかだったら、今すぐにでも変更する所だけどねぇ」 「……酷い……」 まるで自分達を物か何かの様に言う犬飼の言葉に、蓮たちの隣に座る美月がボソリと呟く。その声色は、普段の彼女からは想像もつかないほどに低く怒りを滲ませたものだった。 膝の上に乗せた手をぶるぶると震わせ、今にも掴みかかりそうな勢いで犬飼を睨み付けている。 彼女の気持ちは痛いほどにわかる。蓮だって、今直ぐここで机を叩いてやりたい気分だ。だがしかし……それでは駄目だ。今ここでキレても何一つ解決にならない。

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