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第5話 本気の音は残酷です
歌うように響くヴァイオリン。そこに、柔らかく落とされるピアノの音。小さな一音が、まるで波紋が広がるように不思議な音を響かせる。
花開くように、明かりが灯るように。ぽ、と音が落とされては高らかに歌い上げるヴァイオリンの背後で小さく柔らかく響いて主旋律と混じりあっていく。
ミキサーの前で腕を組み、じ、と耳を澄ませていたオリヴァーは、最後の一音を聞いた後もしばらく仁王立ちのままだった。
やがて長く綺麗な指が自身の形の良い顎をひと撫ぜして、それからオーシャンブルーの瞳が真っ直ぐに隣で音を聴いていた色 さんに向けられる。
「……ふん。いいだろう、認めてやる。」
「そうかよ、そりゃあよかった。」
なんでそう上から目線なんだよ、という色さんのボヤキはオリヴァーの耳には届いていないらしい。
「あとは俺のソロで終いだな。」
誰の視線も言葉も気にすることなく、すぐ後ろのデスクに置いていたヴァイオリンケースを手に取った彼は勝手に録音ブースへと入っていってしまった。
バタンと雑に閉められた扉の音と、色さんの苦笑いがブースに響く。
オリヴァーの傍若無人な振る舞いはもはや慣れた……というより諦めたんだろう。色さんも黒澤さんもとくに腹を立てることもなくレコーディングの準備にとりかかるべく椅子を引き、ミキサーの前に腰を下ろした。
「ったく。まぁ、もう少し文句つけてくると思ったけど案外素直だったな。」
「ですねぇ。数時間前とは別人みたいですよ。彗 さん、何やったんです?」
「え、いえ、私は何も。普通に映画鑑賞してきただけですよ。」
こちらを振り返り何故か楽しそうな笑みを浮かべる黒澤さんに、僕はブンブンと手を振る。
何かしたなんてとんでもない。オリヴァーの好奇心と我儘を止められず、振り回されたのは間違いなく僕の方だ。
隙を見て勝手に注文されていた巨大パフェが一瞬脳裏をよぎり、思わず口元を押えた。少しでも動けば、無理やり押し込まれたバナナが今でも出てきそうだ。あれを僕に手伝わせたとはいえハンバーグセットの後にデザートとして完食したって、あの人どういう胃袋してるんだろう。人種が違うどころか同じ人なのかすら疑いたくなってくる。
ずっしりと重たくもたれた胃をさする僕とは対照的に、ガラス越しのオリヴァーは心なしかご機嫌なご様子で録音ブースの隅に用意されたデスクにヴァイオリンケースを置き、調弦に入る。
その様子を見ながら、色さんが録音用のミキサーに取り付けられていたマイクを自らの方に向け、スイッチを押した。
「おい、オリヴァー、俺が出した条件忘れてないよな?」
オリヴァーのいる録音ブースは防音室になっているため、基本的に会話はマイクを通して行う。
スピーカーから聞こえてきたであろう色さんの声にオリヴァーは弓を張っていた手を止め、嫌そうな顔でガラス越しにこちらを一瞥した。マイクが遠かった為声は聞こえなかったけど、多分ふん、と不機嫌に鼻を鳴らしたのだろう。うう、結局またご機嫌ななめに逆戻り。
オリヴァーはヴァイオリンケース収められていたカードタイプの薄型の機械を取り出しデスクに叩きつけた。
色さんの出した条件、日本の基準に合わせたピッチにチューニングするために。
不機嫌に口をとがらせたオリヴァーは、けれど真剣な顔で基準となるA線、ラの音から合わせていく。
アメリカの音楽家の多くが国際基準の440Hz を採用しているのに対して、日本では少し高めの442Hzが主流だ。日本の映画館で流す曲を、日本人の色さんが作曲する。最高の音を作るためにはこちらの基準に合わせろというのが今回色さんからオリヴァーに曲を提供する時の唯一の条件だった。
普段とは音が異なるんだから多少やりづらい所はあるはずなのに、オリヴァーはA線をチューナーを使い合わせたあとは、あっという間に残りの線も調弦を終えてしまった。
色さんに、レコーディングエンジニアの黒澤さん、そして二人の背後で僕がガラス越しに見つめる中、ブースに設置されたマイクの前にオリヴァーが立つ。
「準備はいいですか?」
黒澤さんの問いかけに、けれどオリヴァーは反応を返さなかった。
「どうしました?」
聞こえていないわけではないと思う。
オリヴァーは弓を持ったまま顎に手を当てなにやらふと考え込んでいる。
チラリと当たりを見回し、何かを探しているようにも見えるけれど……
ブース内をさまよっていたオーシャンブルーが、ガラス越しに僕の前で動きを止めた。
『シー!』
スピーカーから流れてきた彼の声が人名を指す単語であった事に気づけたのは僕だけだっただろう。
「は?なんで海??」
頭に疑問符を浮かべる黒澤さんと色さんをよそに、オリヴァーの長い人差し指がちょいちょいと僕を呼び寄せる。
行くしか、ないんだろうな。
色さんと黒澤さんの視線を浴びながら、僕は恐るおそるオリヴァーのいるブースへ足を踏み入れた。
「あの、何か用でしょうか……?」
マイクの前に立つオリヴァーに近寄れば、彼のオーシャンブルーの瞳がまじまじと僕を見つめる。
何だろう。この人の考えが全く読めない。
何が始まるのかと怖々視線で尋ねてみても、オリヴァーはまともに答えてくれる気などないらしい。
「シーが一番コンパクトだからな。」
「はい?」
訳の分からない言葉に首をかしげれば、その瞬間オリヴァーの右足が僕の両足を思いっきり払った。
「へ?」
ぐらりと揺れる視界。
傾いた身体をオリヴァーの細腕に腹からすくい上げられた。
「ちょ、」
『彗さん!?』
「じっとしてろよ、シー。」
ガラスの壁の向こうで色さん達の焦る声を聞きながら、僕の身体は気がつけばオリヴァーの肩に担がれていた。
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超超超特大スペシャルバケツパフェ。
彗さんは太くて大きいもの(バナナ)を咥えさせられてたらしいです😂
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