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第11話 勘違いです

「シーと食事に行くとか言い出すからなんの事かと思えば。」 「と、どうも。」 呼び出されたホテルの廊下で目の覚めるような美人から上から下まで値踏みするかのように見つめられ、どうにも居心地が悪い。これはあれだ、友達の家に初めて遊びに行って、親御さんに人となりを見られているような、そんな空気と緊張感。 「……ミスターコヒルイマキ、あなたも物好きね。」 ホテルまでオリヴァーを迎えに行けば、そこでオリヴァーと共に待っていたマネージャーさんに、僕は哀れみの視線と共にため息混じりのお言葉をいただいてしまった。 オリヴァーのマネージャーであるアマンダさん。細身のスーツをきっちりと着こなし、ブロンドの長い髪を後ろで纏め上げているその姿は、マネージャーというよりドラマや映画に出てくる秘書さんみたいだ。 長身のオリヴァーの隣に立っていても見劣りしないどころかモデルと言われても信じてしまうくらいのスタイルの良さ。アンダーリムの眼鏡をく、と上げる仕草が凄く様になっていて、まさにキャリアウーマン、出来る女の人って感じだ。 僕も彼女のように知的な大人に見えればとこの黒縁の眼鏡を愛用してはいるのだけれど……どうしてだろう、なにか違う気がする。 「オリヴァーの我儘なんて適当に無視をしておけばいいのに。」 「いえ、まぁ、これも仕事の内ですから。」 「業務時間外まで働こうとする日本人の感覚は理解出来ないわね。」 流暢な日本語。ルージュの引かれた唇から紡がれる言葉は、雇い主であるオリヴァーを隣にしているにもかかわらず先程からどうにも辛辣だ。 「おいアマンダ、シーと何を話している?」 「仕事の話よ。」 首を傾げるオリヴァーに、彼女は平然と嘘をつき眼鏡のブリッジを押し上げる。 どうやらお二人はビジネスライクな関係らしい。たとえ海外、泊まりの仕事であったとしてもプライベートはきっちりと線引きしている。マネージャーとしてはこれが本来あるべき姿なのかもしれない。それを少し寂しいなと感じてしまうのは、果たして日本人のいい所なのか悪い所なのか。 まぁ、だからこそプライベートに付き合ってくれないアマンダさんの代わりにこうして僕が呼ばれたんだろうけど。 僕だって断れるものなら断りたかったです。なんてキッパリと言えないのが日本人。はぁ、と思わず盛大に吐き出してしまった溜息に、アマンダさんの隣で腕を組み様子を伺っていたオーシャンブルーの瞳がじと、と細められた。 「おい、まだなのか?」 しがないサラリーマンの僕にできることは、この人の機嫌をこれ以上損ねず、明日以降の仕事に支障が出ないようにする事だ。 イライラというよりソワソワしはじめたオリヴァーに僕とアマンダさんは顔を見合せ苦笑い。 「いつも大変ですね。」 「そうでもないわよ。……我儘を言う時と場所と相手はちゃんと選んでるみたいよ。」 これで?この状況で? 信じられないと思わずオリヴァーを見れば、日本語が分からないなりになんとなく察したのだろう、不機嫌そうに唇をとがらせた。 「おい、話は終わったか?早く行くぞ。」 「は、はい。ではアマンダさん、お預かりしますね。」 「ふふ、よろしく。」 わざと日本語でそう言えば、アマンダさんはクスリと笑ってヒラヒラと方手を振る。 それを話の終わりとみたオリヴァーが、僕の手首をガッチリと掴んだ。 「ほらシー、行くぞ。」 「ちょ、」 いよいよ待ちきれなくなった子ど……オリヴァーに手を引かれ、僕の身体はエレベーターホールへと引き摺られていく。 「貴方なら心配ないと思うけど、いざと言う時は急所でもなんでも蹴り飛ばしてやりなさいよ。」 背後からぽつりと投げかけられた言葉は、はしゃぐオリヴァーの声にかき消されて僕の耳に届くことはなかった。

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