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第15話
口笛や拍手と共に投げかけられる称賛の声。
オリヴァーはそれらにサンキューと片手を上げ、小さく振ることで応える。
僕はピアノの前に座ったままぼんやりとその光景を眺めていたのだけれど、突然こちらを振り返ったオリヴァーに手を引かれ、その場に立たされた。
「何をぼけっとしている、オーディエンスに応えるのが演奏家の礼儀だろ。」
「え?」
ほら、と軽く背を押されよろけるように一歩前へ。
わずかにずれた眼鏡の位置を戻してから、オリヴァーに促されるままその場でぺこりと一礼すれば、拍手はさらに大きくなった。
「やるじゃねぇか兄ちゃん達!」
割れんばかりの拍手と歓声が向けられているのはオリヴァーと……僕。
どうして、僕にも拍手が。
「あ、あの…」
「まぁ、及第点だな。」
弓を手にしたまま握られたオリヴァーの拳が、僕の目の前に差し出される。
わけもわからないままに反射的に自らの拳をコツンと合わせれば、確かに触れた感触と、わずかに感じた温もり。
ああ、これ夢じゃないんだ。
じんわりと実感しつつもいまいち現実味のなかった視界が、突然色づき熱を持った。
ざわりと心臓の奥が揺らめく。演奏が終わり、落ち着きを取り戻そうとしていたはずの僕の心臓は、またバクバクとフォルティッシモで拍を刻みはじめた。
どうして。だって、僕はもう音楽を諦めたのに。
意味も価値もない僕の音なんて、誰も、誰も……
それなのに、どうして僕は今こうしてここに立っているの?どうしてこんなにも……
「シー、どうした?」
俯き黙り込んでしまった僕を覗き込むようにオリヴァーの顔が近づいてくる。けれど、僕は動けなかった。
「兄ちゃん達、アンコールだ!」
誰かの声をきっかけに、店内が期待にざわつき始める。
これ以上は駄目だ。オリヴァーを連れてここから出ないと。そう思うのに僕の足は鉛をつけたみたいに重く動かない。突きつけられた現実に、感情と思考が追いついてこない。
「悪いが今日はここまでだ。オレ達は帰るんでな。……と言っても伝わらないか。」
伸びてきたオリヴァーの手に、くしゃりと髪をかき乱される。僕を背後に隠すようにしてから、オリヴァーはアンコールを求める周りの声を無視してヴァイオリンを片付け始めた。
「なんだ、兄ちゃん達帰っちまうのか。」
ソーリーとわかりやすい英語で応えながら荷物をまとめたオリヴァーは出るぞと僕の背を押す。
「オーナー、会計は……くそ、あー、checkだ、わかるか?」
「:This is on me.(ここは俺の奢りだ)」
真っ白な頭の中で聞こえたのは、オーナーさんの流暢な英語だった。
ああ、やっぱり英語わかっていらっしゃったんだ。どうしよう、オリヴァーの失礼な言動を謝らなきゃ。謝らなきゃいけないのに、
「貴公子様の演奏を生で聴かせてもらったんだ、金なんて取れねぇよ。」
「ふん、次は払わせてもらうぞ。」
まともに言葉を発することも出来ないまま、僕はオリヴァーに強い力で手を引かれ店を後にした。
カラン、とどこか遠くに響いたベルの音。握る手の温もり、手を引かれる強さ。ふわりと香るシトラスの香水の香り。
わかっているのに、それでも僕の心臓は急速に拍を刻み、か、と頭に血液が昇っていくのを止められない。
駅裏の夜道、オリヴァーの手に引かれるままに来た道を戻った僕は、コインパーキングに駐車していた車の座席に押し込めるように座らされた。
「まったく、なんて顔をしてるんだ。」
バタンと勢いよく扉を閉め助手席に座ったオリヴァーは、被っていたキャップとサングラスを外してダッシュボードに投げ捨てる。
チラリと車内灯に照らされるオーシャンブルーを見上げれば、その手が僕の頬へと伸びてきた。
「……あまり、人前でそういう顔をするな、シー。」
オリヴァーの長い指が、す、と僕の顎を優しく撫ぜた。
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