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第20話

「飛鳥にさわんなって言っただろうが。」 ぐ、と胸ぐらをつかみあげた(しき)さんの手を、オリヴァーが払い落とす。 「ふん、決めるのはアスカだろうが。なぁ、アスカ?」 「へ、あ、あの…」 邪魔だと色さんを押しのけ再び美鳥さんへと伸ばされたオリヴァーの手を、今度は色さんが叩き落とした。 「あ、あの、二人とも喧嘩は…」 『飛鳥(アスカ)はちょっと黙ってろ。』 バチバチと火花を散らしながら、二人の英語が綺麗にハモった。 ……そういえば、オリヴァーと色さんが初めて顔を合わせたのもここだったなと、いまさらながらに数日前のことが脳裏に思い起こされる。 監督との顔合わせのために撮影現場だったここを訪れた時、同じように挨拶に来ていたオリヴァーと鉢合わせして……まぁ、今日と似たような光景が繰り広げられたわけだ。 これはもう、仲がいいのか悪いのか。 周りの目なんてお構い無し。突然現れたオリヴァー・グリーンフィールドに、そんな彼の胸ぐらに掴みかかるsiki。険悪なのか、じゃれついているだけなのか、相手が相手だけに誰も何も言えず、周りのスタッフはただオロオロと二人の様子を遠巻きにうかがうだけだ。 この場合僕達が仲裁に入った方がいいのだろうかと黒澤さんに視線を送っては見たものの、我関せずと片付けを再開した彼に、僕も全てに見ないふりをすることにした。……巻き込まれた美鳥(みどり)さんに心の底から同情しながら。 「あの、オリヴァーさん、」 「オリー、だ。そう呼んでくれと言っただろう?」 ぐいと強引に引き剥がされながらも、オリヴァーは懲りずに美鳥さんの腕を引き、やっぱり色さんに腕を掴まれる。 「だから抱きつくなって言ってんだろうが!だいたいオリー、なんでお前がこんな所にいるんだよ。」 「それはこちらのセリフだ。暇な見学者のお前と違って、オレは監督に用があってきちんとアポイントを取ってきたからな。」 チラリとオリヴァーが視線を向ければ、そこには監督と話をしているアマンダさんの姿があった。彼女はオリヴァーの視線に気づくと監督に丁寧に一礼してから彼の元に歩み寄る。 「オリヴァー、許可取れたわよ。……って、あら、いらしてたんですね。もしかしてうちのクソガキがご迷惑かけてます?」 途中から日本語に切り替わったアマンダさんの丁寧且つ辛辣な言葉に、色さんの怒気も削がれたらしい。苦笑いと共に謝罪のために頭を下げようとしたアマンダさんを手で制する。 「俺も仕事でたまたま来ていただけで、もう撤収しますから。」 「……仕事だと?」 こちらこそ邪魔してすみませんとアマンダさんに向けられた言葉に、けれど反応したのはオリヴァーだった。 突然キョロキョロと辺りを見回し、何かを探しはじめたオーシャンブルー。ガラス玉のように綺麗なその瞳が、リンクの隅で片付けをしていた僕を目にした途端大きく見開かれた。 あ、駄目だ。 オリヴァーの口元が小さく開き言葉を発するより早く、僕は逃げるように視線をそらせる。 「く、黒澤さん、荷物駐車場まで運びますね。」 「あ、俺も行きます。」 あわてて折りたたみ式の台車にダンボールを積み込み、黒澤さんと共にその場を離れた。 バクバクと跳ねる心臓を抑えるようにギュッと握りしめた手で台車を押し、早足で場内を抜け駐車場へと向かう。 「(すい)さん?そんなに急がなくても時間余裕ありますよ。」 「あ、はい…でも、その……」 とにかく逃げたかった。昨日起こった事実から。あのオーシャンブルーの瞳から。 ちゃんとsikiのマネージャーとして、昨日のことは忘れる。何事も無かったことにして、ちゃんとあの人とも普通に接しなきゃいけないことはわかっている。 それでも、今はまだ。もう少しだけ、この跳ねる心臓を抑える時間が欲しい。 けれど、僕のそんな思いは許しては貰えなかった。 「おい、シー!」 背後で聞こえた大声。 物凄い勢いで足音が迫ってきたと思った瞬間には、僕の右腕が強い力で捕まれていた。

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