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第21話
グイッと腕を引かれ、逃げ出したかった身体は後ろへとよろける。
「っ、離して、」
反射的に振り払ったけれど、力では敵わない。あっさりと手首を掴み直され強い力で引っ張られて、かけていた黒縁の眼鏡が鼻からずり落ちる。
そのただならない様相に、あわてて黒澤さんが間に入り強引な手を優しく引き離してくれた。
「ちょ、グリーンフィールドさん、どうしたんです?」
ぼやけた視界の中に映るオーシャンブルー。気まずそうに一瞬泳いだ瞳は、けれど真剣な面持ちで僕を見つめ、それから黒澤さんへと向けられる。
眼鏡をきちんとかけなおせば、まるで昨日の演奏の時のような鬼気迫る表情が目の前にあって、僕も黒澤さんもたじろいだ。
「クロサワだったか?少しだけシーを貸してくれ。」
「え、えっと……」
現状がわからず困惑する瞳がチラリと僕に向けられる。
「彗 さん、何かヤバい感じです?助けに入った方がいい?」
日本語で、念の為耳元でヒソヒソと声を抑えて尋ねられても、僕としてはどう答えるべきなのか。
揉めてる、なんて言えない。仕事に支障をきたしたくない。だけど、このままオリヴァーと面と向かって話せる自信もない。
「いえ、その、…」
どうしたら。
悩み視線をさまよわせていれば、目の前のオリヴァーはいきなり勢いよく僕に向かって頭を下げた。
「頼む、五分でいい。時間をくれ。」
「ちょ、オリヴァー!」
深々と頭を下げたせいで、彼の肩にかけられていたヴァイオリンケースがずり落ちる。それでもオリヴァーは頭を上げようとしなかった。
「ちょっと、頭を上げてくださいっ、」
あの尊大なオリヴァー・グリーンフィールドが、僕のような平凡な一般人相手に。
こんな事、させていいわけない。
「わ、わかりましたから。だから頭を上げて下さい。」
あわてて彼の肩を掴みなんとか顔を上げさせれば、すがるような瞳が真っ直ぐに僕に向けられる。
何だかもう、それだけでわかってしまった気がする。向き合うのが怖いのは僕だけじゃなかったんだ。
オリヴァーも昨日のことに傷ついて、恐怖しているんだ。それでも、彼はそんな中勇気を振り絞ってこうして僕と話をしようとしてくれている。
だったら僕もそれに応えなきゃ。
「黒澤さん、台車お願いしていいです?」
「……大丈夫、なんです?」
「はい。すぐ戻りますから。」
黒澤さんは一瞬不安の色を浮かべたけれど、わかりましたと頷いて僕が押していた台車を引き受けてくれた。
大丈夫。昨日の夜は確かに互いに傷つけあう結果になってしまったけれど、それでも僕は昨日一日彼を見てきたんだから。オリヴァー・グリーンフィールドがどんな人なのか、僕はちゃんと知っている。
良くも悪くも純粋な人。だから、きちんと話せる。話さなきゃ。
僕は不安に眉を顰めるオーシャンブルーを見上げ、彼を安心させるように笑ってみせた。
「行きましょう。」
返事を待たずに出口へと歩み始めれば、オリヴァーは黙って後ろからついてきてくれた。
スケート場をスタッフ通用口から抜け、外にある駐車場へ。
撮影にあたって、施設の方の厚意に甘えて従業員用に作られたスペースの隅の方を利用させてもらっていたのだけれど、僕は黒澤さんの車が停めてある所とは真逆の方に足を進め、駐車場隅の木陰に入ったところで足を止めた。
桜の木、だろうか。青々と葉をつけた大きな木が僕らの間を吹き抜ける風に揺れている。
本当なら座れる場所を見つけてゆっくり話をした方がいいんだろうけれど、僕にも、そしてオリヴァーにもそんな時間はない。木陰の中、僕の目の前に立ち止まり気まずそうに視線をさまよわせるオーシャンブルーを見上げる。
「それで、お話とは?」
昨日の夜の事だろうとわかってはいたけれど、僕はあえてそう口にした。
二人の間に流れる空気はどうにも気まずくて、何かきっかけがなければ互いに話せそうになかったから。
「えっと、だな。その……」
珍しく歯切れの悪い言葉。いつも堂々としていて迷いなく自分の意思を貫く彼にしてみれば珍しい反応だ。
チラチラと僕を見ながら何かを言いかけてはもごもごと口篭ったオリヴァーは、結局言葉にすることを諦めたらしい。
何故か突然肩に背負っていたヴァイオリンケースをおろした彼は、ケース前面に付いていたポケットからゴソゴソと何かを取りだした。
「……やる。」
「へ?」
押し付けるように渡されたそれを反射的に受け取りはしたものの、なぜ今、この場所で。
意味が全く分からずに、僕は手にした小さな袋を見つめて眉をひそめた。
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さて、彗さんが貰ったものとは何でしょう?😊
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