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第22話
両手に収まる小さな袋。おそらくここに来る途中にコンビニにでも立ち寄って購入してきたのだろう。
原色の明るい配色に、英字のパッケージ。透明な部分から覗く袋の中にはカラフルな可愛いクマの形のグミが詰まっている。おそらくアメリカでも定番であろう有名な駄菓子。
「え、っと……?」
なぜにグミ?今ここで?
理解出来ずに眉をひそめて首を傾ければ、オリヴァーはあー、っと気まずそうに自らの髪をかき乱した。
「アマンダから、その……日本では心からの謝罪の時にはこういうものを渡すと聞いてだな。だから、だな、その…」
そんな話聞いたことがない。どこか限定的な地域の風習だろうか。
僕は改めて手にしたお菓子のパッケージをじ、と見つめる。
クマ?グミ?お菓子……
「……もしかして、菓子折りのつもりですか?」
まさかと問えば、オリヴァーはこくりと頷いた。
「たしかそんな事を言っていたな。」
オーシャンブルーがまっすぐに僕を見つめる。真剣なその表情がもうダメ押しだった。
「ぷっ、くく、あははははっ、」
お、お腹が痛い。失礼だとは思ったけれど、笑いが止められない。いや、だって、まさかこんな方法で謝罪を受けるなんて。
「ふ、くくっ、」
「な、なんだ。……何か間違えたか?」
必死になって笑いを押し殺そうとするけれどうまくいかない。口元を押さえても肩が震えてしまう。
身体を折り曲げ、よじれて痙攣する横隔膜をおさえこもうと試みても全く効果が無い。
笑いを抑えられない僕を、オリヴァーはただ黙って見ているしかなかった。不安げに僕を見つめていた瞳が、次第にむすっと不機嫌にゆがめられていく。
「シーは怒ってるのか?それともオレをバカにしてるのか?」
「いや、ちがっ、でも、ふふっ、だって……くくっ、菓子折りって、もう、予想外すぎて。」
「むぅ、なんなんだまったく。」
きっとこの人は、昨日僕を傷つけた事を後悔したんだろう。仕事相手のマネージャーなんて、無視をしていても問題ないような人間相手にどうすれば許しを得られるのか必死で考えてくれたんだろう。
こんな不器用で斬新な謝罪をされて、怒れるわけがないじゃないか。
僕は不機嫌に唇を尖らせるオリヴァーを前にひとしきり笑い終えたあと、ようやく彼とまっすぐ向き合う。
その視線は、無意識のうちに昨日打ってしまった頬に向いてしまっていた。
「こちらこそ、昨日は申し訳ありませんでした。……痛かったですよね?」
彼の左頬がまだうっすらと腫れている気がする。
何をされたかに関係なく、結果的に僕はオリヴァーに対して暴力を振るってしまったんだ、それは到底許されることではない。
申し訳ありませんでしたと再度頭を下げようとしたのだけれど、やめろ、とオリヴァーに手で制されてしまった。
「オレが悪かったんだ。……誰もが皆、名声や繋がり欲しさにそこまでするわけではないんだよな。…………すまなかった。」
力無い謝罪の言葉に、ぎゅっと胸が苦しくなる。
今まで、彼の周りはきっとそういう人達ばかりだったんだろう。だからこそ、昨日のあの行為はオリヴァーにとってはいつもの事で、否定されるなんて思いもしなかったんだ。
彼に無理やり唇を重ねられたあの時、苦しげに歪められた表情の理由がわかった気がした。
「あの、友人に……なりたいです。」
だから、オリヴァーにはちゃんとわかってほしいと思った。僕の気持ちをきちんと伝えなくちゃいけないと。
驚きに見開かれたオーシャンブルーに、僕らうっすら微笑んだ。
「オリヴァー、私はあなたの言うとおり大学まではヴァイオリンを弾いていました。でも、今はもう弾きません。」
「シー?」
「自分の音楽は諦めたんです。だから、この世界での地位も名声も必要ない。sikiだって、そんな事していただく必要はありません。……だけど、貴方とはいい友人でいられたらと思います。」
彼の口が開ききるその前に、僕はす、と右手を差し出した。
「sikiの仕事相手だからとか、そんな理由ではなくて。小比類巻彗 一個人として、友人に……なれませんか?」
自分でも大それた事を言っていると思った。
世界に名を知られるヴァイオリニスト。あの、オリヴァー・グリーンフィールドに僕みたいな平凡な一般人が。
だけど、僕の言葉に見開かれていたオーシャンブルーはキラキラと輝きを増し、差し出していた手を両手で思いっきり掴まれた。
「ま、また食事に誘ってもいいのか!」
「もちろん。……毎日は嫌ですけど。」
「なんでだ!?俺が日本にいる時は付き合え!毎日誘ってやるからな。」
「えー、」
ぶんぶんと勢いよく上下する手。その表情はまるで子供みたいに無邪気で嬉しそうだ。
昨日からずっと悩んでいたことが嘘のように、目の前で顔を綻ばせるオリヴァーを見ているうちに僕まで自然と笑みがこぼれてきた。
やっぱり彼は、尊大で、不器用で。でも純粋で優しい人。
この人の隣にいると、僕まで温かく楽しい気持ちになれる。
かけていた眼鏡がずり落ちそうなくらいブンブンと右手を上下に振られながら、僕はいただいたクマのグミをぎゅっと抱き寄せて声を上げて笑っていた。
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