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第5話 採点してやる
二杯目の水割りに口をつけると、桜庭は静かな声で反論した。
「愛ならあった。相手が気づいてなかっただけさ」
「へえ……愛してたんだ」
桜庭の意外な言葉に、朝比奈は目を丸くする。桜庭から愛などという言葉が聞けるとは思わなかった。
「結婚する、養う、責任を取るっていうのは、最低限の愛情だろうが。違うか?」
ああ、そっちの愛情ね、と朝比奈は苦笑いを浮かべる。
「責任ねえ……まあ総一郎らしい言い分だけど、責任だけなら愛とは言わないと思うよ。義務とか責任で結婚するような相手は、俺だってまっぴらだね」
「見合いだったんだ。あれ以上俺にどうしろと言うんだ。相手の要求は何でも聞いてやったつもりだぞ」
「責任とか要求とか言ってる時点で、総一郎にはやっぱり愛は感じられないよ。そんなこと言ってると何度恋愛してもまた失敗する」
「だから、俺はもう女は懲りたと言っただろう! 結婚なんてしなくても生きていける」
いつもと同じ結論で話を無理矢理終わらせると、桜庭は濃いめの水割りを一気に飲み干し、乱暴にテーブルの上に置いた。
帰る、という意志表示だろう。
「待ってよ、総一郎。俺がこれ、飲み終わるまで」
「なんだそれ。女みたいな酒飲んでるな、お前は」
「色がきれいだろ? この店のおすすめカクテルらしいぜ」
「ちょっと貸してみろ。味見してやる……うわ、なんだこれ。甘いな」
顔をしかめた桜庭を見て、朝比奈は笑い声をあげる。
つけつけと言い合っても、それはそれで桜庭のストレス発散になっているのだ。
怒っているわけじゃない。
むしろ、この様子なら機嫌はいい方だろう。
時々こうやって、本音を引き出してやるのは朝比奈の楽しみなのだ。
「なあ、総一郎。お前が愛があるっていうなら、俺に見せてくれよ」
「お前に? なんでそんな必要がある」
「俺が採点してやるよ。総一郎のどこが間違ってたか。次から失敗しないように」
「失敗も何も、俺はもう女は作るつもりはない」
「また重要な相手から縁談があったら、どうするんだよ。断るのか? お前ほどのやり手で社長なんだから、必ずまた縁談はくるはずだぜ」
「断る」
「一生結婚しないつもり? あの一回の失敗が原因で女性不信になりました、と公言するようなもんだぞ? それにもしその中に気に入った女が現れたら?」
桜庭の動きが止まる。
なぜあの時失敗したのか。
それは桜庭にとって理解できないことで、ずっと心の奥底に引っかかっていたことだったのだ。
そしてプライドの高い桜庭にとっては、二度と同じ失敗をしたくないというのもトラウマになっていた。
「うっ……陸……もう……それ以上は……」
朝比奈のマンションのリビングにあるソファーの上で、桜庭はなぜこんなことになったのか思考がパニックを起こしていた。
朝比奈の頭は、自分の股間で上下している。
本気で突き飛ばそうと思えばできるはずなのに、桜庭は朝比奈の頭に手を起き、懇願するだけだ。
「陸……頼むから。女にもそんなことさせたことがないんだ」
「こういうのは、させることじゃなくて、相手がすすんでしてくれることなんだよ。愛があればね」
朝比奈はいたずらっこのような笑みを浮かべて、桜庭のモノに舌を這わせる。
桜庭は朝比奈の挑発にまんまと乗せられて、連れてこられた。
そして愛があったというなら、性の不一致しか考えられないから、試してやるという朝比奈に押し切られてこの状況になっている。
男相手にそんな気になれない、と言うとその気になったら問題ないだろう、と朝比奈が挑戦状を叩きつけた。
ここまで持ち込んでしまえば、朝比奈には自信があったのだ。
これで落ちなかった男は、今まで一人もいない。
口淫には自信がある。
この快楽に打ち勝てる男などいるものか。
最初は驚いて抵抗していた桜庭も、今は力なくソファーに横たわっている。
「陸っ、陸っ、もう、出るから……頼む、離してくれ」
限界まで張りつめた桜庭のモノが、口の中で一段と膨れ上がりひくひくし始める。
絶頂が近い、と察して、朝比奈はやっと口を離した。
「ほら、ちゃんとその気になっただろ」
勝ち誇ったような、朝比奈の笑みに、桜庭は額に手をあててため息をついた。
ここまで高められてしまえば、後は出すしかない。おさまりがつかない。
「陸、なぜ俺にこんなことをする」
「だから言ってんじゃん。アンタのセックス、採点してやるって」
アンタ、とぞんざいな呼ばれ方をして、桜庭は顔をしかめた。
名残惜しそうにペロリと、桜庭のモノを舐めて見せる朝比奈は、見たことのない小悪魔に変身したかのようだ。
初めて見た、朝比奈の欲望に満ちた顔。
「ここじゃ狭いから、ベッドへ行こうぜ。こっち」
朝比奈に腕をつかまれて、桜庭は無言で引きずられて行く。
嫌なら突き放して帰ればいい。
だけどそれができないのはなぜ?
朝比奈の気持ちにも、自分の気持ちにも疑問符が浮かぶ。
そして、桜庭は疑問をそのままにしておくことのできない性格なのだ。
寝室にはほの暗いオレンジの中間照明。
センスのよい朝比奈らしい、落ち着いた部屋だ。
朝比奈は衣服を脱ぎ落とすと、全裸になって桜庭を誘った。
30歳の男とは思えない美しい肌と体のライン。
同じ男といえど、朝比奈は別の人種なのだ、と桜庭には思える。
朝比奈は、桜庭のシャツのボタンをひとつひとつはずしていく。
そして現れた筋肉質な胸板に、そっと口づけた。
桜庭はついに観念したように、朝比奈をベッドの上に倒して、上からおおいかぶさる。
「男を相手にしたことがないんだ」
「わかってる。男も女も変わらないさ。同じようにすればいい」
まるでスポーツでも楽しもう、というように朝比奈はあっけらかんと笑った。
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