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第9話 買ってもらった

 朝比奈は事務所のすぐ近くにある、ショッピングモールへ桜庭を連れて行った。  桜庭は仏頂面で黙ってついてくる。  朝比奈が向かったのは、シルバーアクセサリーのブランドショップだ。 「新作、入ってる?」  いつも訪れているのか、朝比奈は店員と顔見知りで、店員は笑顔でショーウィンドウを指さした。 「ああ、これだ、これ見せて。こないだカタログで見たやつ」  朝比奈は桜庭をほったらかしで、指輪を見ている。  サイズを告げると、店員がそれを取り出してくれる。  朝比奈はそれを薬指にはめてみると、笑顔を浮かべて桜庭に向かってひらひらと手を見せる。 「ああ、やっぱりこれがいい。一目惚れ」  値段も三万円でおさまるのを確認して、朝比奈はそれを包んでもらうように店員に伝える。 「払ってよ。買ってくれるんでしょ」  桜庭は仕方なしに、ポケットから三万円を取り出すと、無言で店員に突き出す。  店員は二人の表情を見比べて、とまどっているようだ。 「ああ、これ、罰ゲームだから気にしないで」  朝比奈が笑いながら店員にそう言うと、やっと愛想笑いを浮かべて紙幣を受け取った。  洒落た小さな紙袋に品物を入れ、店員はちょっと迷った末にお金を払った桜庭の方へそれを渡した。  朝比奈は満足したように店を出る。 「気が済んだのか」  桜庭が包みを渡そうとすると、朝比奈は笑顔でそれを拒絶する。 「まだ。あそこのカフェに入ろう。昼飯食うだろ?」  まあ、どっちみち食事はとらないといけないので、だまって桜庭は後をついていく。  朝比奈が何がしたいのか、理解できないので、黙ってついていくしかないのだ。  朝比奈はカフェの中で、なるべく人目につかない観葉植物の陰の席を選んで座った。  店員に注文を済ませると、桜庭にさっきの包みを出せ、と言う。 「俺にどうしろと言うんだ」 「それ、中身わかってるよね」 「指輪だろうが」 「はめて」  朝比奈はにっこりと笑顔で、左手を差し出す。  桜庭はまた仏頂面になり、仕方なしにそれを朝比奈の薬指にはめてやった。 「ちゃんと薬指にはめたのは、正解。ねえ、事務所出てから、何分立った? 30分もかかってないよね?」 「まあ、そうだな。お前は買い物が早い」 「忙しくても、できるよね、これぐらい。今時ブランドものだって、ネットの通販でも買える」  そう言ってから、朝比奈は自分の左手の指輪をまぶしそうに目を細めて眺めた。 「……嬉しいのか」 「嬉しいよ。俺、ゲイだから。男に指輪もらったのなんか初めてだし」 「そうか」 「総一郎が愛情がないとは言わない。だけど、相手が何を望んでるのか、少しは考えたほうがいいよ。でないと、同じ三万円でも180度意味が違う。俺が怒った気持ちと、喜んだ顔、忘れないで」  それきり朝比奈は機嫌を直して、もう三万円のことには触れなかった。  桜庭もキスマークの件など忘れてしまったのか、無言で昼食を食べている。  半分無理矢理とはいえ、桜庭に指輪まで買ってもらったのだ。  これ以上文句を言ったらバチが当たる、と朝比奈は思っていた。  怒ったように見せかけて、またひとつわがままを聞いてもらった。  ごめんね、総一郎、と心の中でつぶやく。  だけど、これ、大事なことなんだ。  今の俺の気持ちをわかってくれたら、きっと次の女性ともうまくいく。  その時には応援するから。  今だけ、ちょっとだけ、夢を見させてくれたらそれでいいんだ……  一時間、という約束だったので、そこで朝比奈は桜庭と別れて、そのまま帰った。  

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