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第17話 恋人の代理

「桜庭さんにプレゼントしようかとも思ったんだけどね。でも、あの男はキミの恋人ではないんだろう?」 「桜庭は前にも言いましたがヘテロです。恋人なんかじゃありませんよ」 「じゃあ、こうしよう。キミの本物の恋人を連れてきたら、この写真はその人に渡してあげる。連れてこれないなら、桜庭さんにプレゼントしよう」 「恋人はいない、と言ったら?」 「恋人がいないなら、僕と寝ても問題ないだろう? キミが一人で来るなら、一晩ヤらせてくれたら渡してあげるよ。今晩シルヴァで待ち合わせしよう」 「今晩は無理です」 「キミに選択権はないよ。時間を置くと小細工できるからね。まあ、僕はキミが一人で来てくれるのが一番嬉しいよ。あの晩を思い出しながら、またたっぷり可愛がってあげよう」  また……?  また、と言ったか、今……?  あの時の男は、高崎だったのか!  電話を切ってから、朝比奈は吐きそうになりながらも、必死で考えた。  桜庭に写真が渡るのは避けたい。  だけど、一人で行けばまた何をされるかわかったもんじゃない。  残る方法は、誰か恋人になってくれる男を連れていくしかない。  朝比奈の当時の事情を知っていて、連絡すれば来てくれるかもしれない男が一人だけ思い当たった。  ボロボロだった朝比奈を、その当時支えてくれていた、15歳年上の立石という男。  優しい男だが、恋人関係にならなかったのは、立石には家庭があったからである。  不倫だけはしたくない、という朝比奈の倫理観を理解してくれていて、立石は朝比奈には手を出さなかった。  立石は現在建設業界では著名なデザイナーである。  最近連絡はしていなかったが、朝比奈がフリーになった頃には何かと力を貸してくれていた。  電話番号が変わってなければいいけど……と不安に思いながらかけてみると本人が出た。 「めずらしいね、陸くんから電話がもらえるなんて。何かあったのかね」  懐かしそうに電話に出た立石は、久しぶりの電話には理由があるだろうとすぐに察したようだ。  頭の回転のよい男である。 「事情は会ってお話したいので、今夜、お時間を頂けませんか」 「今夜か……まあ、陸くんの頼みだ。なんとか都合つけるよ。どこへ行けばいい」 「新宿で」  電話を切って朝比奈は、安堵のため息をついた。  立石なら、写真を手に入れても、きちんと処分してくれるだろう。  恋人のフリも、うまくやってくれるはずだ。  とにかく、この件は早くカタをつけてしまおう、と朝比奈は気力を奮い起こして新宿へ向かった。  立石に事情を説明すると、快く協力してくれると言ってもらえた。  そして二人で、シルヴァというクラブに向かった。  二度と近寄りたくなかった場所。  店の扉の前で、また吐き気がこみあげてくる。  店内に入ると、まだ高崎の姿は見あたらない。  朝比奈と立石は、入り口がよく見えるカウンターの隅で、酒を注文した。 「どこから見ているとも限らないから、少しは恋人らしいフリをしておこうか」  立石が微笑んで、朝比奈の肩に手を回す。  朝比奈も立石の腰に手を回して、しなだれかかるように身を寄せた。 「役得だね。陸くんをこんな風にエスコートできるなんて」  立石は年齢はそこそこだが、デザイナーだけあってお洒落で目立つ風貌である。  立石と朝比奈の二人連れは、ゲイばかりのクラブの中で注目を集めていた。 「もう少し顔をこっちに」  唇が触れそうな距離で、頬を寄せ合う。  それでも、立石は一応紳士で、本当に唇に触れることはなかった。  酒を一杯飲むぐらいの間、そうやって恋人のフリをしていると、立石が朝比奈の肩越しに一人の男を見つける。 「陸くん、さっきからこっちをにらんでる男がいるんだけど、キミの知り合いかな?」  振り向いて、朝比奈は驚きのあまり硬直した。 「総一郎……」  桜庭は、つかつかと歩み寄ってきて、まず立石に頭を下げた。 「立石さんでしたね。ヨツバ時代にはお世話になりました、桜庭です」 「そうか、キミはヨツバにいた……」  思い出したように立石は笑顔を浮かべる。  朝比奈は、桜庭と立石が知り合いだったことに驚いていた。  考えたら同じ業界なのだから、立石ぐらい有名なデザイナーを桜庭が知っていても不思議ではない。 「お邪魔してすみません。少しだけ朝比奈と話をさせて頂いていいでしょうか」 「ああ、もちろん。キミ達は知り合いだったんだな」  立石にそう言われて、朝比奈は曖昧にうなずく。  どうして、ここに総一郎が……  「陸、どういうことだ」  桜庭は明らかに怒っている。 「どういうことって、総一郎こそどうしてここに」 「高崎からここへ来いと電話があった」  どう説明していいのか朝比奈が迷っていると、立石が口をはさむ。 「陸くん、彼は事情を知っているの?」 「さっきお話した、高崎がらみの仕事というのは、桜庭建築事務所のことなんです」 「なるほど。だいたい事情は見えてきたよ」  ふんふん、と立石は一人で納得したような顔になる。 「桜庭くん。私が今日陸くんを連れているのには事情がある。だけど、私は陸くんの恋人ではない。そこだけは誤解しないであげてくれないか」 「わかってます。俺にもだいたいの事情は見えてきました。立石さんが朝比奈を連れているのなら、俺は必要ないでしょう。邪魔をしてすみませんでした」  桜庭は立石に頭を下げて、朝比奈の顔を見ずに立ち去ろうとする。 「いいのかい? それで」  立石は少し困ったような顔をして、朝比奈に問いかけた。 「待って! 待って、総一郎!」  朝比奈が桜庭を追いかけようとしたその時に、まるでどこかで見ていたように高崎が登場した。  

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