「おや、皆さんお揃いで」 　ふざけたような高崎の口調に、朝比奈は頭に血がのぼる。 「どういうことだ。なんで、ここに桜庭を呼んだ！」 　朝比奈がつめよると、高崎はさぞ面白いことのように高笑いをした。 「キミの恋人に渡したいものがあるという話をしたら、桜庭さんが自分から行くと言ったんでね。キミは桜庭さんは恋人じゃないと言ったが、彼の方はそうは思ってないんじゃないかな」 　高崎は、ニヤニヤしながらスーツの内ポケットから、茶封筒を取り出した。 「キミ、僕に嘘をついたのかな？　それとも、フタマタ？　この中身のものはキミの恋人に渡す、という約束だっただろう？　これじゃあ、どっちに渡したらいいかわからないね」 　桜庭は高崎をにらみつけているが、朝比奈は立石の腕の中にいる。 　立石は、桜庭に目くばせをして歩み出た。 　悪いようにはしない、という意志表示だ。 「私が預かろう」 「アナタが本物の恋人、ってわけね」 「そうだ」 「じゃあ、恋人らしく、キスしてみせなよ。ここはゲイクラブだ。それぐらいできるだろう？　恋人の腰が抜けるほどディープなキスを見せてくれたら渡してやるよ」 　立石がチラリと桜庭に目をやり、朝比奈を抱き寄せようとした時。 　あっと言う間に、桜庭が朝比奈を奪い取り、腕の中に抱きかかえた。 　朝比奈の頭を抱えこむようにして、激しく舌を絡めるようにキスをする。 　朝比奈も、もう応えるしかなかった。 　ここで桜庭の気持ちを裏切るわけにはいかない。 　首に手を回して、抱きしめ合ってキスをする。 　唇を離すと、桜庭は片手に朝比奈を抱いたまま、高崎に向かって手を出した。 「朝比奈は俺の恋人だ。約束のものを渡せ」 「ふーん。やっぱりそうだったのか。面白いものを見せてもらった。いやあ、楽しかったよ。これは、桜庭さんにプレゼントしよう」 　高崎がケラケラと笑いながら、封筒を差し出すと、桜庭が奪うように受け取る。 　朝比奈は写真が桜庭の手に渡ってしまったので、蒼白になった。 「それを見ながら、今晩は燃えるといいよ。素敵な写真だからね」 　馬鹿にするような高崎の口調に、ついに桜庭は我慢の限界がきて、高崎の胸ぐらをつかんだ。 　封筒さえ手に入れば、もう高崎になど用はない。 　朝比奈を助けるためだけに、ここへは来たのだ。 「乱暴だなあ、桜庭さん。僕があの仕事の権限を持ってるってこと、忘れてるのかな」 「仕事などこっちから願い下げだ！　朝比奈に二度と手を出すな！」 　桜庭は高崎の胸ぐらを突き放すと、再び朝比奈を腕に抱いた。 「陸、帰るぞ」 　そして、目だけで立石に挨拶をして、店を出た。 　桜庭が無言で、ずんずん歩いていくのを朝比奈は追いかけるように歩いていた。 　背中が怒っている。 　怒っている理由が、いくつも思い当たり過ぎて、声をかけられない。 「乗れ」 　車の助手席に押し込まれ、事務所まで戻る間、桜庭は一言も口を開かなかった。 　車を駐車して、事務所に戻るのかと思っていたら、桜庭は事務所の上にある自宅に朝比奈を連れて帰った。 　今まで招待されたこともないので、朝比奈が足を踏み入れるのは初めてだ。 　自宅といってもそこいら中に、製図の機械などが並んでいて、ここもまた仕事場のような部屋である。 「そこへ座れ」 　桜庭は朝比奈をリビングの椅子に座らせると、ポケットから封筒を取り出した。 　朝比奈の顔が青ざめる。 「総一郎……それ……」 「どうしてほしい」 「見ないで……お願いだから」 「捨ててもいいのか」 「いいけど、できれば燃やしてほしい。誰の目にも触れないように」 　桜庭は部屋の隅にある、図面用の大型シュレッダーのスイッチを入れて、その中に封筒ごと差し込んだ。 　パリパリと音がして、封筒はあっという間に飲み込まれてしまった。 「これでいいか」 「……ありがとう」 　桜庭はテーブルをはさんで、しかめっ面のまま向かい側に座る。 「脅されていると、なぜ俺に言わなかった」 「急だったんだ……すぐに来いと言われて」 「それでも、あの立石という男には連絡したんだろう」 「立石さんは古い知り合いなんだ。あの封筒の中身を知ってる」 「俺には知られたくなかったのか」 「……ごめん」 　朝比奈は、桜庭に迷惑をかけてしまった、という後悔でいっぱいだった。 　多分、仕事もダメになるだろう。 　桜庭はゲイだと噂を立てられるかもしれない。 　このまま自分が関わっていたら、桜庭はまたろくでもないことに巻き込まれるかもしれない。 　桜庭を巻き込むぐらいなら、一人で行って高崎に一晩ぐらい抱かれた方がマシだったのかもしれないとすら思える。 「陸……お前が好きな男というのは、あの立石という男か。恋人になれない相手だと言っていたのはあの男のことなのか」 　そうだ、と言ったら桜庭はどうするのだろう。 　もう二度と俺と関わるのはやめようとするだろうか。 　その方がいいんだろうか、と朝比奈は考える。