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第20話 愛はあった (※本編完結)

「そ、いちろ、ずるい……」  息も絶え絶えの朝比奈が、涙目で訴える。 「何がだ」 「ちゃんと聞きたかったのに……もう一回言ってよ」 「あんなこと、何回も言えるか」  桜庭もさすがに体力が尽きたように、朝比奈の隣で転がって息を切らしている。  桜庭にとっては、一世一代の告白だった。  女にも言ったことがない台詞を、男に捧げてしまった。  それというのも、実は朝比奈に愛がないと言われるのが怖いからである。 「ねえ、もう1回だけ、聞きたい」 「また今度な」 「今度っていつ」 「そうだな……お前が5回続けてイった時にでも、記念に言ってやる」  5回イった時か……と朝比奈は呆れたようにため息をつく。  しかし、その晩、朝比奈は頑張った。  見事に桜庭をその気にさせて、もう一度そのセリフを言わせたあとには、意識を失ってしまったけれど。  翌朝、朝比奈が目覚めると、桜庭はすでにいなかった。  時計を見ると、正午である。  一晩中抱き合っていたのに、鉄人だな、と朝比奈は感心する。  リビングのテーブルの上には、スペアキーが置いてあった。  これで閉めて出ろ、ということだろう。  ちょうど昼だし、事務所に顔を出してみるか、と朝比奈は着替えてマンションを出た。 「あら、陸ちゃん、いらっしゃー……い」  出迎えようとした祥子が、なぜだか朝比奈を見て固まる。 「あ、昨日総一郎んとこ泊めてもらったんで、カギ返しに」  用事はそれです、というつもりで朝比奈がスペアキーをぷらぷら、と祥子の目の前に揺らすと、祥子はますます顔を赤らめて固まってしまう。  それから、朝比奈と桜庭の顔を交互に見て、すっとんきょうな声で叫んだ。 「り、陸ちゃん、総一郎とヤっちゃったのお!」 「デカい声出すな。うるさい」  桜庭がデスクから、不機嫌そうに文句を言う。 「陸、シャツのボタンはちゃんと閉めとけ」  桜庭に指摘されて、朝比奈はやっと、自分の鎖骨のあたりがキスマークだらけになっていることを思い出した。 「ボタン、総一郎が引きちぎったんだろうが」  思わず小声で反論すると、祥子が耳をダンボにしていてまた悲鳴を上げる。 「総一郎っ! アンタまさか陸ちゃんを強姦したんじゃないでしょうねっ!」 「強姦じゃない。合意の上だ」  桜庭が無表情にサラっとカミングアウトしてしまったので、今度は朝比奈が驚いて固まった。 「え? ほんと? ねえ、陸ちゃん、ほんとなの?」 「まあ……合意というか」 「そう、ついにデキちゃったのね……でも、嬉しいわっ! 私、ほんとは総一郎みたいな無愛想な弟より、陸ちゃんみたいな弟が欲しかったのよ~♪」  祥子は一人で浮かれ始める。  何となく本気で喜んでいる様子なので、朝比奈もホっとする。  ゲイカップルが家族に一人でも認められたら、それは幸せな方だ。 「またヘンな女につかまるよりは、陸ちゃんのほうが絶対いいわ~♪前の婚約の時だって、家族全員反対したんだから! あ……でも、陸ちゃん、いいの? 総一郎なんかで」 「総一郎なんかでって……」 「だって、総一郎ってしつこいでしょ。嫉妬深いし、大変だと思うわよ」  さすがに実の姉は弟の本質をよく知っているようで、朝比奈は苦笑いを浮かべる。 「総一郎って、昔から可愛いものに弱いのよね~ウチの猫なんか総一郎が可愛がりすぎて、顔見ると逃げ回ってたのよ~陸ちゃんも可愛いから、うっとおしいぐらい束縛されそうね……気の毒に」 「陸は猫じゃない」  ぶすっとした顔で桜庭が小さく反論するので、思わず朝比奈は吹き出してしまった。  桜庭はこの姉が苦手なのだ。  無口になったのも、多分この姉のせいではないかと思う。  それにしても、昨晩のことを思い出すと、桜庭が猫を可愛がりすぎるというエピソードも、なんだか信憑性がある。  昨晩はさんざん抱き合ったあと、動けなくなった朝比奈を抱き上げて風呂に入れてくれて、嫌だと言っても尻の中まで洗われて、酷くしたからと心配して薬までつけられた。  その後、体をふいてくれて、風邪をひくからとドライヤーで髪まで乾かしてくれて、息苦しいほどに抱きしめられて眠った。  思えば桜庭の仕事ぶりを見ていれば、一から十まできっちりやらなければ気が済まない優等生男である。  今後120点は維持する努力をする、と昨晩も宣言してくれた。  その上セックスの絶頂で愛してる、と囁いてくれる男など、これを逃したらこの先一生出会えないだろうと朝比奈は思う。  そんな男に愛がない、だなんてよくも言ってしまったものだ。  100点満点で、今なら500点あげてもいい。  桜庭に愛はあった。  それも、可愛がられるのが仕事の猫すら、逃げ出す程の愛が。 【愛ならある! 本編~ End ~】

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