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第21話 【愛ならある!2】 愛が試される
桜庭と恋人関係になって、一ヶ月。
朝比奈は合い鍵をもらって、時間さえあれば桜庭のマンションに入り浸るようになっていた。
桜庭の部屋にはドラフターなどの設計の道具があるので、画材さえ持ち込めばそこで仕事もできる。
関係は順調で、朝比奈は満足していた。
桜庭は愛想笑いというのをしないので、冷たい男だと思われがちだが、付き合ってみれば、しつこいほど面倒見がよいし優しい。
誰にでもいい顔をする男より、断然いい、と朝比奈は思っている。
先日桜庭に、クリスマスには何が欲しいのか、と聞かれた。
桜庭はプレゼントを選ぶというのが苦手なようで、欲しい物を買ってやると言う。
だけど朝比奈が欲しいのは物ではないのだ。
桜庭はどうも恋人にはお金や物を与えないといけない、と思っているフシがある。
それは違う、と朝比奈はわからせたい。
欲しいのは桜庭の愛情だけ。
そう伝えて、クリスマスには朝比奈のマンションで一緒に食事をする約束をした。
料理の道具だけは、朝比奈のところの方が揃っているからである。
クリスマス当日、朝比奈はチキンを買い込み、得意なシチューを作って、桜庭を待っていた。
年末なので桜庭は仕事が忙しく、晩だけは二人でゆっくりすると約束したのだ。
桜庭はいつもよりは早い時間に、ワインを持ってやってきた。
プレゼントはいらないと言ってあったのに、少しは気を使ったんだろう。
そして仲良く食事をした。
いつもあまり人をほめない桜庭だが、朝比奈の料理はたまにほめてくれる。
桜庭は以前『あなたには愛がない』と言われて女に逃げられたという不名誉な経歴を持っている男だが、朝比奈はそれを不思議に思う。
確かに仕事が忙しいので気が回らないところはあるが、桜庭は遊びにも行かないし、家にいる時は案外家庭的だ。
料理こそしないが、たいていの家事もこなす。
結婚すればこれ以上誠実で責任感のある亭主はいないだろう、と朝比奈は思うのだが。
なんにせよ、その女が桜庭を捨ててくれてよかった。
おかげで今の朝比奈の幸せがある。
シャンパンやワインを飲んで、ほどよく桜庭を酔わせてから朝比奈はベッドへ誘う。
クリスマスということで、朝比奈にはちょっとした計画があった。
朝比奈がちょっとだけ不満に思っているのは、桜庭の愛情表現である。
めったに好きだとか愛してるだとか言ってもらえない。
言ってくれるのは、ベッドの中だけで、それもごくたまにしかない。
なので、今日はその言葉を引き出し、証拠を動画におさめようと画策している。
桜庭はエロい冗談などもずばずば口に出すくせに、愛の言葉を言うのだけは恥ずかしがる。
朝比奈はセックスの最中にいつも桜庭に恥ずかしい言葉を言われていじめられるので、ちょっとした仕返しだ。
朝比奈のベッドには、頭の上に目覚まし時計が置ける程度のちょっとした棚がついている。
そこに携帯の充電器を置いて、そこに立てかけておくとうまくベッドの上を見渡すように撮影できることは昼間実験済みだ。
桜庭に気付かれないように動画撮影の準備をして、朝比奈は桜庭をベッドに誘った。
ねだるようにキスをする。
何度も向きを変えて唇を合わせ、舌を絡める。
ほろ酔いなので、桜庭も情熱的だ。
眼鏡をはずして、本格的にキスを貪り合う。
朝比奈は桜庭の眼鏡をはずした顔が大好きだ。
誰にも見せない自分だけが知っている桜庭の素顔。
普段は険しい顔をしているが、ベッドの中では桜庭はなかなか甘いマスクなのだ。
キスをするだけで、朝比奈の胸がいまだにドキドキしてしまうほど。
朝比奈が舌を出して誘うと、フレンチキスの応酬になる。
「総一郎、大好き」
「ああ、俺もだ」
少し困った顔をして、桜庭が同意する。
そしてごまかすように、また唇を合わせる。
同意、だけじゃ朝比奈は不満である。
「総一郎は? 俺のこと好き?」
「ああ」
「ああ、じゃなくてちゃんと言って」
「……好きだ」
困った顔でそれだけ言うと、桜庭は自分の言ったセリフに打ちのめされるように、がっくりと首を垂れる。
そんなに照れなくてもいいのに、と朝比奈は笑いをこらえた。
「なあ、陸……もういいだろ。勘弁してくれ」
降参、という顔をして、桜庭が突然枕元の棚に手をのばす。
そして朝比奈の携帯を取ると、動画撮影を止めてしまった。
「気付いてたの?」
「お前、いつもこんなところで充電しないだろ? それに俺と同じ携帯なんだから、撮影中のランプがついてることぐらい気付く」
ばれてたか、と朝比奈は笑ってごまかす。
こんな時だけ勘のいい男だ。
「消さないでよ、俺へのクリスマスプレゼントなんだから」
「こんなもの撮ってどうするんだ」
「証拠、証拠」
桜庭は朝比奈が嬉しそうにしているので、動画は消さずに枕元へ戻した。
言うのが照れるだけで、動画に撮られて困るものでもない。
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