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第23話 写真

「お呼び立てしてすみませんでしたね」 「いえ、こちらこそわざわざ時間をさいて頂きまして」  桜庭は、売れっ子デザイナーの立石が時間を割いてまで来てくれたことに、丁重に頭を下げた。  立石が指定してきた店は、完全に個室になっている高級なクラブだ。  酒を飲みたい気分ではなかったが、立石に付き合ってウイスキーを注文する。  そして注文が運ばれてきて、店員が去ってから、立石は話し始めた。 「今日わざわざ来て頂いたのは、朝比奈くんのことなんだけどね」 「わかってます。それ以外で俺に話などないでしょう」  立石は桜庭がどんな男なのかということをよく知らないので、どう切りだそうか迷っていた。  シルヴァで会った時に、桜庭は頭に血が上っていた。  そして話というのは、桜庭がまた頭に血が上るに違いない内容なのである。 「桜庭くんは、朝比奈くんの恋人なんだよね?」 「そうです」 「何を聞いても、その気持ちは変わらないかな?」 「変わりません」  ごちゃごちゃ言い訳をせず即座に言い切った桜庭に、立石は好感を抱いた。 「では話すけれど、実は高崎のことなんだ」  立石の顔が曇り、言いだしにくそうに言葉を選んでいる。 「あの時の封筒は、朝比奈の希望で中身を見ずに破棄しました。ですから、俺はあれが何だったのか知りません」 「そうか……」  そこから話をしなければいけないのか、と立石は頭を整理し直す。 「あの封筒の中身は写真だ。朝比奈くんの10年前の」 「あなたは中身を知っている、と朝比奈が言っていました」 「ここにコピーがある」  立石は内ポケットから、白い封筒を取り出して桜庭の目の前に置いた。 「高崎はポラロイドで撮った写真をキミに渡したが、その前に複製を作っていたんだ。キミらが帰った後、俺にそれを渡した」  恐れていた展開になったか、と桜庭は顔をしかめる。  写真を複製することぐらい簡単にできる。  それは桜庭も想像していたことだった。  あの高崎が、あっさり封筒を渡したことがちょっとひっかかっていたのだ。 「立石さんは……そのコピーを見たんですか」 「悪いが確認させてもらった。本当に朝比奈くんなのか確認する必要があったのでね」  立石は恋人である桜庭が見なかった写真を見たことで、申し訳なさそうな顔をする。  桜庭は目の前の封筒を手にしようか、迷った。  朝比奈に見ないと約束したからだ。  しかし、それを確認しないと、立石の話は前に進まないのだろう。 「キミたちを傷つけるつもりはないんだ。キミがきっと朝比奈くんを守ってくれると思ってるよ」  桜庭は封筒を手にして、中身を見た。  それは確かに朝比奈だった。はっきりと顔が写っている。  目を背けたくなるような、その写真を桜庭はぎりっと奥歯を噛みしめながら凝視した。  この写真を見るのはこれが最初で最後だ。  高崎への怒りを胸に焼き付けた。  そしてそれを封筒に戻し、立石に返した。 「お返しします。中身はわかりましたから」  立石は黙ってそれを受け取り、またポケットにしまった。 「朝比奈くんはまた脅される可能性がある」  まずいな、と桜庭も必死で頭の中で対策をめぐらせている。  朝比奈はこのことを知られるのを恐れている。  また脅されるようなことがあっても、桜庭には言えないかもしれない。 「もしまた高崎が脅してくるようなことがあったら、陸はまたあなたに相談するかもしれません。その時は俺に連絡をもらえますか」 「いいだろう。それは約束する」  立石はきちんと桜庭の目を見て約束した。  桜庭は立石は信用できる人物だ、と直観で思ったので、腹を割って話そう、と思う。 「それでね。僕は僕なりにどうしたらいいか考えてみたんだ。いろいろ高崎のことを調べてみた」  立石の話は、シルヴァという店では不定期でゲイの乱交パーティーがあるということだった。  朝比奈は騙されてそこへ連れて行かれたのだ、という事情も。  そしてそこで朝比奈と同じように被害に会った男に会って話を聞くことができた、というのだ。  その男もやはり写真を撮られて高崎に脅されていて、訴える覚悟がある、という。 「多分、他にも被害者はたくさんいるんだろうけれど、皆朝比奈くんのように泣き寝入りしているんだ。写真をばらまかれるのは怖いからね」 「それで、その男は本当に高崎を訴えるつもりなんですか?」 「いや、その前に、シルヴァのパーティーがまた開かれるという情報を掴んだんだ」 「よくそんな情報を……」  桜庭は少し感心する。  自分ではとてもそんな情報は得ることができなかっただろう。 「蛇の道はヘビでね。それと刑事の友人がいるんだ。これがまたとびきりの美人でね」 「美人……女性ですか?」  桜庭が率直にそう言うと、いやいや、と立石は手を振りながら苦笑する。 「ゲイだよ。刑事には結構多くてね。その男が潜入捜査してくれると約束してくれた」 「潜入捜査?」 「おとり捜査だよ。高崎はパーティーで美人の男を見つけると、薬でフラフラにさせておいて強姦する、というのが常套手段なんだ」  朝比奈もそんな酷い目にあったのか、と思うと桜庭は怒りで煮えくりかえりそうになる。

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