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第25話 同棲
「ただいま」
桜庭が優しく唇にキスをすると、朝比奈は怪訝な顔をして桜庭を見た。
「総一郎……浮気でもしてきたの?」
なんでそういう話になるんだ、と桜庭が眉をひそめると、朝比奈は飛び起きて桜庭の顔をのぞきこむ。
「総一郎がただいまのキスって、どういう風の吹き回し?」
無邪気な顔をして、子犬のように桜庭の回りをぐるぐる回りながら嬉しそうな顔をしている朝比奈を見ると桜庭はますます胸が痛む。
「いいだろう、俺だってたまにはそういう気分になる」
「そういう気分って?」
桜庭は思わず朝比奈を抱きしめて、貪るようにキスをする。
「お前が好きで、大事なんだ」
朝比奈は天変地異でも起きたように目を見開いて、桜庭の顔を凝視した。
「……どうしたの、ほんとに。何かあった?」
朝比奈は今度は心配そうな顔になる。
くるくる変わる表情まで愛しい、と桜庭は思う。
「どうかしてるな、俺は。お前のことで頭がいっぱいで、おかしくなってる自覚はある」
桜庭はポンと朝比奈の両肩を叩いてため息をつくと、額に軽くキスをして身体を離した。
「ほんとだったらいいんだけど~」
朝比奈は歌うようなフレーズをつけて、桜庭のためにコーヒーを入れに行った。
桜庭はどうしたら朝比奈を高崎の脅迫から守れるだろうかと考えていた。
高崎が逮捕されるとしても、それはいつの話かわからない。
今回のパーティーで高崎がたまたま強姦に及ぶようなことがないと、逮捕のチャンスは先送りだ。
朝比奈はここのところ桜庭のマンションに入り浸っているから、様子を観察していれば分かるかもしれないが、隠されると後手に回ってしまう。
朝比奈は桜庭に嘘はつかないが、この件に関しては隠し事をする可能性がある、と桜庭は思っていた。
目を離さないように観察しているしかない。
それと、朝比奈の携帯の履歴。
高崎が接触してくるとすれば、恐らく朝比奈の携帯に直接連絡があるはずだ。
朝比奈がコーヒーを手に、機嫌よく戻ってくる。
「陸、お前、年末年始は何か予定があるのか?」
「ううん、まったく。仕事も年内の分はもうだいたい片付いたしね」
「そうか」
桜庭はほっと胸をなでおろす。
「何、どっか連れていってくれんの?」
「そんな暇はない。俺は仕事だ」
「なーんだ。期待して損した。もしかして仕事の邪魔だから俺に予定があった方がいいと思ってるとか?」
「違う。そうじゃない。ここにはずっといて欲しい。できれば毎日」
思わず桜庭がそう言うと、また朝比奈は不審な目を向けてくる。
「それ、どういう意味?」
桜庭は心の中で舌打ちする。
普段忙しいとつれなくしていたので、こんな時に疑われてしまう。
「一緒に暮らすのもいいんじゃないかと思ってな」
朝比奈が目を見開いて固まる。
何か言い訳をしようとして、咄嗟に口をついて出てしまったのだが、言ってしまってから桜庭自身それが一番いいように思えた。
そのほうがこれから先、朝比奈のことで無用な心配をしなくて済む。
二人で住むのに十分な広さもある。
「総一郎、それ、本気で言ってる?」
「本気だ。冗談でこんなこと言えるか」
「やっぱり変だ。今日の総一郎」
朝比奈は、不安そうな表情を浮かべる。
「そんなこと言うと、俺、本気にするよ」
「どうせ今だって、同棲しているようなもんだろう」
「まあ、そうだけど……でも正式に一緒に住むっていうのとは意味が違う。周囲にもバレるよ」
「バレてもいいんだ。俺は困らない。男同士が同居していても必ずゲイとは限らないだろう?」
「嬉しいけど、なんで急にそんなこと思ったの?理由があるなら教えて。今日の総一郎、変だもん」
問いつめられて、桜庭は困った顔になる。
恋人というのは敏感だ。
ほんの小さな隠し事でも見破ってしまう。
桜庭は嘘をつくことが苦手で、本当のことを話してきちんと朝比奈を守ってやりたい。
それでも、どうしてもあの写真を見たことや、高崎の話は言えなかった。
「理由か……一番の理由はお前に変な虫がつかないように、だな」
「そんな心配してるの?」
「ちょっと今日、素行の悪そうなゲイを見たんでな」
「総一郎って、ほんとに心配性だね。そんなこと心配してたんだ」
朝比奈は今日の桜庭のおかしな態度を、そのせいだと勝手に納得したようで、機嫌を直して微笑んだ。
独占欲の強い桜庭だから、そんなことでも心配になるのだろうと解釈したのだ。
桜庭は心の中でうまくごまかせたことを安堵する。
「嫌なら、今すぐじゃなくてもいいが、考えてくれるか」
「考えるまでもないよ。俺は総一郎のそばにいたいんだから」
桜庭は、朝比奈が嬉しそうに抱きついてくるのを受け止める。
「年末時間があるなら、引っ越すといい」
「そうする。その前にこっちを少し片づけないとね!」
朝比奈の興味はすっかり引っ越しのことに移ったようだ。
桜庭の仕事の道具が置いてあるだけの部屋を片づけて、そこを朝比奈の部屋にする計画を話し合う。
「総一郎、ありがとう」
朝比奈はまったく疑いなど持たずに、桜庭の提案を喜んでいた。
桜庭は少し痛む胸を抱えながらも、その分朝比奈とずっと離れずに一緒に暮らしていけばいい、と決意を固めた。
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