結局引っ越しは少しずつやればいいということになり、おおみそかは朝比奈の家で迎えることになった。 　朝比奈の台所の都合である。 　一緒に暮らすと決まっても、朝比奈はお洒落で住み心地よく作り上げた自分の部屋にも愛着があるようで、正月の間は朝比奈の所で過ごすことになったのだ。 　昼間朝比奈がたまたま台所で料理をしている時に、朝比奈の携帯が鳴った。 　バイブになっていたので、朝比奈は気付いていない。 　桜庭がこっそりディスプレイを確認すると『高崎』の文字。 　万が一連絡があった時に判別するために、番号だけは登録してあったのだろう。 「総一郎、俺の携帯鳴ってる？」 　バイブの音が聞こえたのか、台所から朝比奈が大声で聞いてくる。 「いや、俺の方だ」 　桜庭は朝比奈の携帯を持って、隣の部屋へ移動する。 　こういう時、同じ携帯というのは見分けがつかなくていい。 　電話は留守電につながったので、念のために聞いてみると、高崎の声で伝言が入っていた。 『今晩７時、シルヴァに必ず来るように。見せたいものがある』 　桜庭は内容を確認すると留守電も消去した。 　それから立石に連絡を入れる。 　今晩高崎は確実にシルヴァに現れる、と伝えると、すぐに月島に連絡してくれると立石は言った。 　そして、それから桜庭は朝比奈の携帯の着信音を切ってしまって、完全に鳴らないようにした。 　せめて今晩ひと晩だけでも、朝比奈に高崎の声は聞かせないために。 　朝比奈は桜庭と一緒にいる時は、携帯などほったらかしでほとんど見ていないことが多いのも幸いした。 　そして、桜庭は月島の活躍を祈った。 　 　立石から連絡が入ったのは正月休み最後の日。 　桜庭と朝比奈は毎日朝から晩まで一緒にいて、蜜月を送っていた。 　疲れ果てた朝比奈が眠っている午前中に、桜庭の携帯に立石からメールが入っていた。 『高崎は逮捕された。安心しろ』 　簡潔なメール。 　眠っている朝比奈を起こさないように、外へ出て立石に電話をかける。 　月島は大活躍したようだった。 　 　高崎に目をつけられた男が強姦される寸前に助け出し、高崎を逮捕したらしい。 　連絡が遅くなったのは、高崎の自宅に家宅捜査が入っていたため、ということだった。 　写真を探し出してほしい、と立石が月島に頼んであったのだ。 　高崎のパソコンから、かなりの数の酷い写真が見つかり、高崎は余罪を追及されるらしい。 　そして、違法ドラッグの使用や、自宅から大麻が押収された件でも、起訴されるということだった。 　それだけ余罪があれば、実刑はまぬがれないだろう。 　桜庭は立石に何度も礼を言って、電話を切った。 　そして、電話を切ってから、この話をどう朝比奈に切り出そうかと悩んだ。 　高崎が逮捕されたことはすぐに噂になるだろう。 　ヨツバに出入りしていれば、朝比奈の耳にも遠からず入るはずだ。 　高崎が逮捕されたことは喜ばしいことだが、それによって高崎が強姦を繰り返していたことは明るみになってしまう。 　それはすなわち、朝比奈が高崎に強姦された、という事実が桜庭に伝わる、と朝比奈は考えるだろう。 　一番知られたくなかった事実を桜庭が知ってしまった、となれば朝比奈が傷つくのは間違いない。 　桜庭が素知らぬ顔をしていれば、それはそれで一生そのことを引け目に感じるだろう。 　桜庭はこういうことを、うやむやにできない性格だ。 　例え一時的に朝比奈が傷ついたとしても、すべて話して受け止めることの方が、正解に思えた。 　翌日から仕事が始まれば、すぐに噂は広まるだろう。 　話すなら今日しかない、と桜庭は決めた。 　「嘘……どうして」 　高崎が逮捕されたことを告げると、案の定朝比奈は真っ青な顔になった。 「数々の強姦を繰り返していたそうだ。まあ、相手が全部男だったから、強姦罪は適用されないらしいが」 　桜庭はできるだけ淡々と事実を伝える。 「それと、薬事法にも違反していたし、自宅から大麻も押収されたそうだ。間違いなく実刑になるだろう」 「総一郎……それ、誰から聞いたの」 　朝比奈は震えながら、桜庭を問いつめる。 「立石さんだ。今日連絡をもらった」 　朝比奈は脱力したようにソファーに座り込み、両手で顔を覆い隠した。 「聞いたんだ……俺のこと」 「黙っていて悪かった。高崎は俺に渡した写真以外にも、お前の写真のコピーを持っていた。それでまたお前を脅迫してくる可能性があったんだ」 「写真のコピー……？」 「高崎が写真のコピーがあることを立石さんに漏らしたんだ。それで立石さんはそのことを俺に知らせてくれた。しかしもう高崎が逮捕されてすべて警察に押収されたから、流出する心配はないだろう」 「俺だけ知らなかったんだ……俺、総一郎が一緒に暮らそうって言ってくれた時、何か変だと思ったけど、総一郎を信じていたのに」 　朝比奈は顔を伏せたまま、涙声になった。 「一緒に暮らそうって言ったのは、俺を見張るためだったんだ……」 「それは違う！」 　桜庭はしっかりと朝比奈を抱きしめる。 「陸、顔をあげろ。お前は何も悪くない。被害者だ」 「でも、総一郎には知られたくなかった……」 「知っても何も変わらない。顔をあげろ。俺は陸と一緒に暮らす。これからずっとだ！」 　桜庭が声を荒げ、朝比奈の体を揺すぶると、朝比奈は真っ赤な目をして顔をあげた。