33 / 39
第33話 相談
数日後。
朝比奈は青山の物件の詳細を聞くために、立石のところへ訪れていた。
まったくイメージチェンジをして、お洒落なカフェを作りたい、という話に、いくつかのイメージが頭に浮かぶ。
元々は夫婦で洋食屋をやっていたのだが、息子が脱サラして共同経営をすることになったらしい。
女性や若い人に注目されるような店舗にして欲しいという話だ。
「どうかな、引き受けてもらえるだろうか」
「その……俺でいいんでしょうか。本当は立石さんにデザインしてもらいたい、という話だったんでしょう?」
立石と自分では、デザイナーとしての格も知名度も違う。
仕事としてはやってみたいが、立石の代役がつとまるのかどうか、朝比奈は心配だった。
「俺はね、こういう小さい店舗をあんまりやったことがないんだ、実は」
立石は苦笑した。
ここ数年、大きなショッピングモールやビルを手がけてきた立石である。
大は小を兼ねる、というものではない、というのは朝比奈にもよく分かる。
「先方がそれでいいと言っているのであれば、こちらは問題ありません」
「そうか。それなら、設計も込みで引き受けてもらえるだろうか」
「桜庭は来月以降なら、と言ってました。納期的に問題なければお受けします」
話はスムーズに決まり、立石は改めて桜庭の方へ発注を出す、と約束してくれた。
「親子で共同経営っていいですね」
「さあ、それはどうかな。ほとんど親が出資するみたいな話だと聞いてるけどね」
朝比奈は、親の後を継ぐために息子が会社を辞めたのかと想像したが、立石の話しぶりからするとそういう美談ではないらしい。
息子は飲食店で仕事をした経験は皆無で、ただ単にお洒落なカフェの経営者になりたいだけだろう、と立石は苦言をこぼした。
朝比奈は、桜庭が会社をおこした時のことを思い出す。
親の援助は一切受けていない、と聞いている。
左遷という不名誉に反抗して、プライドだけで会社を維持してきた桜庭の、疲れた顔が浮かぶ。
1人より、2人。
共同経営という形は、桜庭にとって少しでも助けになるんだろうか。
逆に迷惑をかけるようなことにはならないだろうか。
同居している上、共同経営ということで、変な噂が立ったりしないだろうか。
「桜庭くんとはうまくいってるの?」
仕事の話を終えて、立石は口調を崩して笑みを浮かべた。
「まあ……それなりに」
「なにか問題でもあるのかい?」
それなりにうまくいっている割には、浮かない表情を浮かべた朝比奈に、立石は優しく問いかける。
「問題というか……仕事のことなんですけど」
「そういえば、キミたちは2人であの事務所をやっているの?」
「今まではそうじゃなかったんですが、最近桜庭から共同経営にしないかと持ちかけられて……」
「そうか。それはよかったじゃないか」
「よかったんでしょうか?」
「ひょっとして、迷っているの?」
「実は……そうです」
「迷っている理由は何? お金のことだったら相談にのるよ?」
「いえ、お金は問題ないんです。そうではなくて、恋と仕事、両方うまくいくのかな、というか。どっちかうまくいかなくなったら、もう片方もダメになるんじゃないかって」
「僕は逆だと思うけどね」
立石は苦笑するように、朝比奈の言葉を遮った。
「逆……ですか?」
「キミは、恋と仕事、長く続くのはどっちだと思う?」
朝比奈は少し考えて、それは仕事だろう、と思う。
桜庭の場合は特に。
恋を失ったとしても、桜庭が仕事を手放すことは考えられない。
「桜庭くんは、仕事熱心な男なんだろう?」
「それは、そうです」
「だったら、これから先ずっと一緒にいるために、仕事を共同経営にしようと考えたんじゃないのかな? 彼にはそれだけの覚悟があるように、僕は思うけどね」
「覚悟……ですか」
「だってそうだろう? 彼にとって一番大切なことを共有しようと言ってるんじゃないの?」
そうかもしれない。
少なくとも、共同経営者になっていれば、簡単にケンカ別れなどはできないのだ、と朝比奈は今更のように気付いた。
桜庭のことだから、安易な気持ちで誘ったとも思えない。
きっと先の先のことまで、考えてくれたんだろう。
「いいパートナーが見つかったじゃないか。何も不安に思うことはないだろう?」
「でも……本当にこれでいいんでしょうか。桜庭は長男だし、エリートだったのに」
「そんなことは最初から分かってたんじゃなかったのかい?」
分かってた。
だけど、ただ一緒にいられればそれでいいと、思っていたんだけど……
「そういう、現実的な問題から逃げていたら、前には進めないよ。男同士は結婚できないんだから、2人で何を築いていくか、が大事だろう?」
「そうですね……」
「まあ、仕事の面なら陸くんの応援はさせてもらうよ。僕が力になれることならね」
立石は立ち上がり、朝比奈の肩をぽん、と叩いた。
朝比奈も笑顔を返す。
立石に話してみてよかった。
一人で考えていても、答えは出なかったかもしれない。
帰ったら、きちんと桜庭と話してみようと思う。
これからの二人のことを。
ともだちにシェアしよう!