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第33話 相談

 数日後。  朝比奈は青山の物件の詳細を聞くために、立石のところへ訪れていた。  まったくイメージチェンジをして、お洒落なカフェを作りたい、という話に、いくつかのイメージが頭に浮かぶ。  元々は夫婦で洋食屋をやっていたのだが、息子が脱サラして共同経営をすることになったらしい。  女性や若い人に注目されるような店舗にして欲しいという話だ。 「どうかな、引き受けてもらえるだろうか」 「その……俺でいいんでしょうか。本当は立石さんにデザインしてもらいたい、という話だったんでしょう?」  立石と自分では、デザイナーとしての格も知名度も違う。  仕事としてはやってみたいが、立石の代役がつとまるのかどうか、朝比奈は心配だった。 「俺はね、こういう小さい店舗をあんまりやったことがないんだ、実は」  立石は苦笑した。  ここ数年、大きなショッピングモールやビルを手がけてきた立石である。  大は小を兼ねる、というものではない、というのは朝比奈にもよく分かる。 「先方がそれでいいと言っているのであれば、こちらは問題ありません」 「そうか。それなら、設計も込みで引き受けてもらえるだろうか」 「桜庭は来月以降なら、と言ってました。納期的に問題なければお受けします」  話はスムーズに決まり、立石は改めて桜庭の方へ発注を出す、と約束してくれた。 「親子で共同経営っていいですね」 「さあ、それはどうかな。ほとんど親が出資するみたいな話だと聞いてるけどね」  朝比奈は、親の後を継ぐために息子が会社を辞めたのかと想像したが、立石の話しぶりからするとそういう美談ではないらしい。  息子は飲食店で仕事をした経験は皆無で、ただ単にお洒落なカフェの経営者になりたいだけだろう、と立石は苦言をこぼした。  朝比奈は、桜庭が会社をおこした時のことを思い出す。  親の援助は一切受けていない、と聞いている。  左遷という不名誉に反抗して、プライドだけで会社を維持してきた桜庭の、疲れた顔が浮かぶ。  1人より、2人。  共同経営という形は、桜庭にとって少しでも助けになるんだろうか。    逆に迷惑をかけるようなことにはならないだろうか。  同居している上、共同経営ということで、変な噂が立ったりしないだろうか。 「桜庭くんとはうまくいってるの?」  仕事の話を終えて、立石は口調を崩して笑みを浮かべた。 「まあ……それなりに」 「なにか問題でもあるのかい?」  それなりにうまくいっている割には、浮かない表情を浮かべた朝比奈に、立石は優しく問いかける。 「問題というか……仕事のことなんですけど」 「そういえば、キミたちは2人であの事務所をやっているの?」 「今まではそうじゃなかったんですが、最近桜庭から共同経営にしないかと持ちかけられて……」 「そうか。それはよかったじゃないか」 「よかったんでしょうか?」 「ひょっとして、迷っているの?」 「実は……そうです」 「迷っている理由は何? お金のことだったら相談にのるよ?」 「いえ、お金は問題ないんです。そうではなくて、恋と仕事、両方うまくいくのかな、というか。どっちかうまくいかなくなったら、もう片方もダメになるんじゃないかって」 「僕は逆だと思うけどね」  立石は苦笑するように、朝比奈の言葉を遮った。 「逆……ですか?」 「キミは、恋と仕事、長く続くのはどっちだと思う?」  朝比奈は少し考えて、それは仕事だろう、と思う。  桜庭の場合は特に。  恋を失ったとしても、桜庭が仕事を手放すことは考えられない。 「桜庭くんは、仕事熱心な男なんだろう?」 「それは、そうです」 「だったら、これから先ずっと一緒にいるために、仕事を共同経営にしようと考えたんじゃないのかな? 彼にはそれだけの覚悟があるように、僕は思うけどね」 「覚悟……ですか」 「だってそうだろう? 彼にとって一番大切なことを共有しようと言ってるんじゃないの?」  そうかもしれない。  少なくとも、共同経営者になっていれば、簡単にケンカ別れなどはできないのだ、と朝比奈は今更のように気付いた。  桜庭のことだから、安易な気持ちで誘ったとも思えない。  きっと先の先のことまで、考えてくれたんだろう。 「いいパートナーが見つかったじゃないか。何も不安に思うことはないだろう?」 「でも……本当にこれでいいんでしょうか。桜庭は長男だし、エリートだったのに」 「そんなことは最初から分かってたんじゃなかったのかい?」  分かってた。  だけど、ただ一緒にいられればそれでいいと、思っていたんだけど…… 「そういう、現実的な問題から逃げていたら、前には進めないよ。男同士は結婚できないんだから、2人で何を築いていくか、が大事だろう?」 「そうですね……」 「まあ、仕事の面なら陸くんの応援はさせてもらうよ。僕が力になれることならね」  立石は立ち上がり、朝比奈の肩をぽん、と叩いた。  朝比奈も笑顔を返す。  立石に話してみてよかった。  一人で考えていても、答えは出なかったかもしれない。  帰ったら、きちんと桜庭と話してみようと思う。  これからの二人のことを。  

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