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第36話 二人にとって大事なこと
「陸、大丈夫か?」
そっと頭をなでると、朝比奈はうつろに目をあけ、まだ視点の定まらない目で桜庭を見つめる。
「総一郎……何か言いたいことあるんだったら……ちゃんと言ってくれないとわからない」
「言いたいこと?」
「総一郎、不満があるとセックスに反映するから」
痛いところをつかれて、桜庭は眉尻を下げた。
うるんだ目で見上げてくる朝比奈の視線に耐えられなくなり、桜庭は目を伏せた。
「……どうして、立石さんに相談したんだ」
やっぱりそのことか、と朝比奈は心の中でため息をつく。
その話をした途端に、セックスにもつれこんだからだ。
「もしかして、焼きもち焼いてる?」
「焼きもちではないんだがな」
桜庭は身体を起こすと、額に手をあて、ふっとため息をついた。
「俺では頼りないか? 立石の方が頼りになるのか」
「そんなつもりで相談したわけじゃ……」
「じゃあ、なぜ」
桜庭は静かに詰問口調になった。
「なぜ、俺たちの間の大事なことを他人に相談する。立石さんが猛反対したら、お前、どうするつもりだったんだ」
朝比奈は答える言葉を失った。
もし立石に反対されていたら……
多分まだ、迷っていたかもしれない。
反対される可能性など、考えずに相談してしまった。
心が決まったのは、たまたま賛成してもらえたからだ。
「ごめん……そうだね。俺が悪かった」
朝比奈は素直に謝った。
気軽に立石に話してしまったが、桜庭にとっては面白くないことだっただろう、と思う。
「だけど、立石さんに話したのは、たまたまなんだ。なんていうか、俺と総一郎のこと知ってるの、あの人しかいないから。俺にとっては唯一の理解者っていうかさ」
「理解者か……そんなものが必要か?」
「総一郎には、祥子さんがいるじゃないか」
「あいつは陸の味方だぞ」
桜庭は苦々しそうに眉をひそめた。
「もし、これから先も、迷うことがあったらお前は立石さんに相談するつもりなのか」
「ううん、もうしない。ごめん」
朝比奈は身体を起こし、桜庭の肩に額をつけてもう一度謝った。
桜庭は朝比奈を抱き寄せ、頭をなでる。
「不安なのは俺だって同じだぞ」
「総一郎が不安?」
「お前には、与えてやれるものが、少ない」
ぽつぽつと絞り出す桜庭の言葉に、朝比奈は胸が熱くなった。
立石の言ったとおりだ。
桜庭は多分、先のことを考えてくれている。
「身体ぐらいならいくらでも与えてやれるけど、それ以外でお前と共有できるものは、仕事ぐらいだ」
「うん……分かってる」
「お前は一緒にいるだけでいいといつも言うけど、セックスだけの関係より、何か残していけるものがあった方がいいと思わないか」
「うん、ごめん、総一郎……ありがと」
桜庭は、朝比奈を抱きしめてごろん、と身体を横たえた。
朝比奈は桜庭の身体をまたいで、キスをねだる。
「迷った時は、まず俺に相談してくれないか。これからは」
「うん、約束する」
「挿れるぞ」
「まだするの? 明日仕事なんでしょ」
朝比奈は少し呆れた口調になった。
「120点維持しないとな」
「まだそんなこと覚えてるんだ」
「約束だからな」
桜庭は小さく笑いながら、ゆっくりと下半身を埋め込んでいく。
朝比奈は桜庭の身体の上で、四つん這いでそれを受けとめた。
ゆっくり引き抜き、ゆっくり奥まで埋め込んでいく動きに、朝比奈は恍惚とした表情になる。
「気持ち……いい……」
桜庭は朝比奈の身体を抱きしめ、ゆるやかに腰を動かしながら耳元に囁く。
「朝までこうしてるか」
「仕事どうするの」
「俺だってたまには、一日中陸とベッドの中にいたい時ぐらいある」
「ほんと?」
「俺もただの男だぞ。仕事よりこういうことしてる方がいいに決まってるだろ」
ぐい、っとなじるように擦られて、朝比奈は嬉しそうに小さく喘ぐ。
「あ、あ……総一郎……すごい……」
「イきそうか?」
「ん……イかせて……」
腰を大きく回すようにぐりぐりと擦られながら、優しく大きな絶頂の波に飲み込まれる。
「あ……すごい……もっと……」
びくん、びくん、と跳ねる下半身をぎゅっと抱え込んで、桜庭は朝比奈の溶けそうな顔を、目を細めて見つめている。
「陸……俺が好きか」
「好き……大好き……総一郎……」
「俺もだ……愛してる、陸……」
心臓をぎゅっとつかまれたように、苦しくなる。
『5回続けてイったら言ってやる……』
遠い昔に桜庭が、そんなことを言ったのを思い出す。
桜庭は小さな約束を、いちいちよく覚えている。
照れ隠しのようにずんずん、と突き上げられ、朝比奈は悲鳴をあげた。
「ず、るい……俺にも、ちゃんと、言わせて」
朝比奈は身体を起こし、桜庭の動きを押さえつけると、しっかりと目を見つめた。
「愛してるよ、総一郎。ずっと側にいるから」
少し照れたような困ったような桜庭の顔を見て、朝比奈はクスっと笑い、後孔をぎゅっと締め付けて搾り取るように腰を浮かせた。
う、っと息をつめて、桜庭が小さくのけぞる。
「こら、出る」
「いいよ、俺がイかせてあげる」
後ろを絞めたり開いたりしながら、大きく腰を動かすと、桜庭は耐えるような表情で目を閉じた。
「総一郎、気持ちいい?」
「陸っ……うっんっ」
桜庭のモノが身体の中で一段と固くなったのを感じて、朝比奈はずぶずぶと思いきり出し入れしてやる。
息を乱し、切ない目をして、桜庭は朝比奈の方に手を伸ばした。
「陸……もう出る……くっ」
朝比奈は桜庭の唇をふさぎ、思いきりぐちゃぐちゃに舌を絡めた。
腰を浮かし、ぎゅっと後ろを締め付ける。
「総一郎っ、突いてっ」
ずぶっ、ずぶっと力一杯突きながら、桜庭は朝比奈の中で欲望を爆発させた。
何度も奥に擦りつけながら、ありったけの体液を絞り出す。
「陸……」
もっと朝比奈の中に出したい……
その本能に火がつくと、時々桜庭自身も止められなくなる。
イく瞬間に体中が痺れ、脳が麻痺するほどの快感を得られるセックスを、桜庭は他に知らない。
朝比奈は身体を震わせながら、子犬のように小さく舌を出して、桜庭の唇をぺろっと舐めた。
桜庭は朝比奈の舌を唇で捕まえ、ちゅっと吸ってやり、ぽん、と頭を小突いた。
「まったく……お前は」
「なんだよ」
二人ともぜいぜいと肩で息をしている。
「どっちが喰われてるんだか」
桜庭が大きくため息をついたので、朝比奈はクスクスと笑ってしまう。
なぜこんなに必死でヤってしまうのか、終わったあとにいつも朝比奈は可笑しくなってくる。
小さな悩みなど、どうでもよくなってしまうのだ。
「続きはまた明日」
「ああ……」
さすがに疲れたのか、桜庭は腕枕をしながら半分眠りに落ちている。
朝比奈は、桜庭の首筋に思いきり吸い付いて、派手なキスマークをひとつつけた。
眠りかけていた桜庭が、目を閉じたまま、ぽこん、と朝比奈の頭を小突く。
「俺の、だもん。総一郎」
「とっくにお前専用だぞ……」
つぶやくように言うと、桜庭はすう、と寝息をたて始めた。
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