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第5話 協力

 滝沢は一日中忙しそうに飛び回っていたようだが、八時きっかりに戻ってきた。  木原の方はとうに仕事は終えていて、少し緊張して滝沢を待っていたのである。  こんなことになるのなら、もう少しマシなスーツを着てくれば良かったなどと乙女な発想が浮かんでしまう。  滝沢は取材などで人に会うことが多いので、いつもパリっとした外国製の洒落たスーツを着ているのだ。    滝沢が連れていってくれた店は小ぢんまりとした和風創作料理の店だった。  予約されていた席は静かな個室で、和服姿の上品な店員が注文を聞きにきてくれる。  まるで二人きりのデートに使うような店で、木原はいっそう緊張してしまった。  ビールをつぐ手が震えてしまいそうになるのを隠すのに苦労したぐらいである。   「いい店だろ、気に入ってるんだ」 「デート向きの店ですね。相手が僕では申し訳ない」    思わず嫌味のような口調になってしまったのは、石田のことが気になっていたからだ。  忘れていたが、昨日の朝の石田の首筋のキスマークを思い出してしまう。  石田の出張中に抜けがけをしているような気分だ。   「前の会社がこの近くだったんで、よく接待なんかでこの店を使ってたんだ。久しぶりだがな。食べるものがなんでもうまい。遠慮なく注文しろよ」    滝沢は木原の機嫌など気にもせず、自分のグラスにビールをつぎ足して一気に飲み干している。  ずっと泊まりこみだっただろうから、ビールを飲むのも久しぶりなんだろう。  幸せそうにビールを飲んでいる滝沢の顔に、木原は思わず見惚れてしまった。    石田に限らず、きっと滝沢はモテるに違いない。  たとえ想いがかなわなくても、こうやって二人で飲めるぐらいに近づけただけでも嬉しいと木原は素直に思っていた。  このまま頑張ればいい友人という位置ぐらいには昇格できるかもしれない。  今まで周囲からライバルのように見られていたが、その誤解ぐらいは解いておきたいと思っていた。   「木原んとこの戦国2はどうなんだ」 「ああ、今んとこ順調ですよ。まあ、プロモが出来るのは半年ぐらい先かな」    大きなゲーム会社ではないので、発売時期は重ならないように調整している。  滝沢チームのゲームが売りだしてから木原のチームのプロモという予定になっていた。   「あれは……木原の発案のゲームだったのか?」    戦国1が発売された時、滝沢はまだこの会社に入ってきたばかりだったので、詳しい事情は知らないのだろう。   「そうじゃないんですが、発案した人はさっさと会社を辞めてしまって、僕が押しつけられた形でチーフになったんです。あの頃は大変だった」 「そうだったのか。よく出来てるじゃないか、あの作品は。俺もずい分遊んだぞ」 「ゲームやってる暇なんてあるんですか」 「そりゃあ一応自社の製品ぐらい遊んでみるだろ」    そういう木原も、滝沢が入社してくると知った時には、滝沢の作ったゲームをずい分研究してみたものだった。   「僕も滝沢さんのゲームは一通りやってみましたけどね。売れてる理由はよく分かりましたよ」 「それも敵情視察か?」    滝沢がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。  やはり木原に対してはライバル意識があるのだろう。   「この際だから言っておきますが、僕は滝沢さんにライバル意識なんてありませんよ。あったら手など貸しません。周囲が勝手にライバルだと思ってるだけですよ」 「なるほど、ライバル意識など起こらないぐらい俺には関心がなかったか」 「そうじゃなく……なんていうか、僕はもともとチーフの器じゃない。できるものなら僕も滝沢チームでプログラマーとして働きたいぐらいだ」    苦々しい口調になってしまったが、同じチーフという立場である滝沢にだから言える木原の本音だった。  人を使うのが苦手な木原は、自分が黙って動いた方が楽だと思うことが多い。  滝沢のように自分の名前を売りたいという気持ちもなかった。   「俺はさ、名前だけが先走って中身を伴わせるのに必死だ。見ただろう? 俺のチームのプログラム班の惨状を」    ライバル意識がないと言った木原に少し気を許したのか、今度は滝沢がめずらしく愚痴を吐いた。  確かにプログラム班があの状態では滝沢は苦労しているだろう。  木原は自分がプログラムに自信があるので、いざという時にはその方面だけはなんとかできる自信があった。    同じチーフでありながら、悩みは別のところにある。  木原は滝沢の人当たりの良さやカリスマ性のようなものを羨ましいと思っていたが、滝沢にも悩みはあるようだと知って少し滝沢を身近に感じた。   「お前んとこが羨ましいよ。木原と石田ががっちり固めていれば失敗はなさそうだからな」    滝沢が石田を欲しがっているのは、公私混同という訳ではなさそうだ。  少しは協力してやらないと、という気持ちになった。   「石田が戻ったら、滝沢さんを手伝うように言っておきますよ。ピークが過ぎたら返して下さいよ」    木原はため息をつきながら、石田を貸し出すことを提案した。   「いや、石田はもういい。それよりお前がたまに見てやってくれよ。うちのチームも」 「僕が? 僕はそんなに暇じゃありませんよ」 「わかってる。だけど、プログラム班の奴らはお前を尊敬してるんだ。お前がいるだけで目の色が違う。たまにでいいんだ。手の空いている時に見てやってくれよ」 「そりゃあ同じ開発だから、できる時には手伝いますけどね……」 「その代わり」    滝沢はいいことを思いついた、とばかりに身を乗り出してくる。   「お前、プロモと取材が嫌いなんだろう。俺が代わってやるよ。それでどうだ」    滝沢の意外な提案に木原は目を丸くした。  木原の取材嫌いは確かに事実だ。  できるものなら代わってもらいたいのは山々である。   「滝沢さんが戦国の取材を受けるんですか」 「あのゲームならさんざん遊んだからよく分かってるさ。お前はバカ正直すぎるから、俺が倍ほど宣伝してやるよ。な、それでいいだろ」 「まあ、滝沢さんがそう言うなら……」    チーフがよそのチームのプロモを引き受けることなど前例がないのだが、木原は自分が表に立つよりは滝沢が代わってくれる方が効果があるだろうと思った。  この交渉は成立、である。    それにしてもバカ正直などと言われていても、木原は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。  意外と滝沢が自分のことを見てくれているのではないか、とさえ思う。   「よし、じゃあ、これからは第一第二チームは協力体制でいくぞ」    滝沢は木原のグラスにビールを注ぐと、機嫌よく乾杯してきた。  どうやら単純な男のようである。  さっきまでの挑発的な態度はどこへやら、すっかり木原を信頼しているような態度に変わっていた。  そんなところが滝沢の好かれるところなんだろう。    酒を酌み交わしながら話をする内に、いつも敬語を崩さない木原の堅苦しさも解れ、冗談を飛ばしながら爆笑することもあるぐらいに二人は打ち解けていった。  

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