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第9話 情熱の名残
「滝沢さん……もう……」
「どうした」
「それ以上は……イってしまうから……」
態勢を入れ替えると今度は木原が滝沢のモノを口にした。
慣れている様子ではないが、一生懸命な木原の愛撫に滝沢も簡単に追いつめられてしまう。
木原は時折とても愛おしいものに触れるように、微笑みを浮かべて滝沢のモノに口づけていた。
何とも言えないいじらしさに、身体よりも気持ちが高ぶってしまい、滝沢は木原から目を離せなくなる。
そっと頭を撫でると木原はちら、と滝沢を見上げ、頬を染めてまた無心でしゃぶりつくのだった。
たまらなくなった滝沢はベッドのわきに用意しておいたローションを手に取り、木原の後ろに手をのばした。
小さく悲鳴を上げた木原は、それでも滝沢の手を嫌がることはなかった。
少し震えながらも指の侵入を許し、じっと耐えている。
はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと解していると突然木原がしがみついてきた。
「あ……そこは……ああっ……」
「ん、ここか?」
滝沢がその箇所をぐりぐりと攻めると、木原はみるみる声を上げて乱れ始めた。
「もうっ……もういいから……早くっ」
のけぞるように乱れる木原を滝沢は焦らす。
「欲しいのか?」
滝沢はニヤっと笑いながら、木原の顔を覗き込んだ。
「挿れて……ください……お願い」
木原の口から発せられたとは思えない扇情的な言葉に、滝沢の最後の理性も吹っ飛んだ。
木原の足を抱え上げると、一気に奥まで貫く。
「ああっ……すごい……圭吾……」
木原は目に涙を浮かべながら、思わず滝沢の名前を呼んでしまった。
夢の中では何度も呼んでいた愛しい滝沢の名前。
しかし驚いた滝沢は思わず動きを止めて、木原の顔を見つめてしまった。
「もう一度呼んでみろ」
「圭吾……」
木原は掠れた甘い声で、それでもはっきりと滝沢の名前を呼びながらしがみついてきた。
木原の一途な想いを滝沢は知らなかったが、切なく甘い呼び声は滝沢の胸にしみ渡るように届いた。
「和泉……」
お返しに滝沢が木原の名前を呼んでやると、木原は涙を浮かべた目で嬉しそうに微笑んだ。
そして、呼んでやればやるほど木原は乱れていった。
「ああ……圭吾……もっと……」
「和泉……イっていいぞ。何度でも」
木原とこんなにも甘く情熱的なセックスになるなんて、滝沢には信じられなかった。
あの仮面のように冷静な木原と、今自分が抱いている相手は本当に同じ男なのか。
何度も何度も確かめるように、滝沢は夢中で木原を抱いた。
木原がほとんど気を失うように眠りに落ちたのは、もう夜が明ける頃だった。
ふと目をさますと、隣に寝ているはずの木原の姿が見当たらない。
滝沢が飛び起きてリビングへ行ってみると、すっかりスーツを着込んだ木原は帰ろうとしているところだった。
「どうしたんだ、まだ早いだろう」
「始発で帰ります。着替えもないですし」
落ち着いた声でそう返事をした木原は、いつもの木原だった。
その代わり身の早さに、滝沢は唖然とする。
ついさっきまで腕の中で乱れていた木原の名残は欠片も見られない。
「着替えなら俺のを貸してやるよ」
「滝沢さんの洋服のサイズは僕には合いませんから」
名前の呼び方まで元に戻っている。
昨晩の出来事は夢だったのか、とすら思えてくる。
木原がどうしても帰ると言うので玄関まで見送り、滝沢は思わず木原を後ろから抱きしめた。
このまま手放してしまうのは、あまりにも惜しい。
一晩限りの相手にするつもりなどなかった。
その気持ちをこめて、触れるだけの優しいキスをすると、木原は少し戸惑った表情になった。
「滝沢さん……僕は後腐れのある男ではありませんから、心配しなくても大丈夫です」
では、と玄関を出ていった木原はどこからどう見てもいつもの会社で見る木原だった。
滝沢は玄関に残されて、しばらく呆然とするばかりだった。
滝沢のマンションを出て、木原は通りがかったタクシーを拾って自宅へ帰った。
何もかも終わってしまったようで、抜け殻のような気持ちだった。
片思いでいた時とは違った切なさがこみ上げてくる。
知ってしまえば、今までと同じでいられない。
これからは滝沢を見るたびに、昨日の夜ことを思い出すだろう。
それでも後悔する気持ちはなかった。
滝沢は想像していたよりもずっと優しく、紳士的だった。
最後まで木原のことを気遣いながら、何度も抱いてくれた。
もうこれで十分じゃないか、と木原は自分に言い聞かせていた。
滝沢の優しさに何度も途中で好きだ、と口に出してしまいそうになった。
しかし身体だけの一夜の関係に心を求めるのはルール違反だ。
たとえその時は愛の言葉を囁き合ったとしても、それを勘違いすると痛い目に合う。
一晩だけでいい、と滝沢は誘う時に言った。
それを木原は忘れていなかった。
ゲイバーでたまたま知り合った相手と一晩だけベッドを共にすることなどよくある話である。
そんなつもりで気軽に滝沢は誘ったのだろう。
木原はゲイ同士の大人のルールをよくわきまえているつもりだった。
一度寝たぐらいでしつこい男だとは思われたくない。
会社で会ったら、できる限り今まで通りでいようと心に決めた。
仕事の上では滝沢の力になろう。
多くを望んではいけない、と思ったのだ。
思い出もできたし、側にいられるだけでも十分幸せだ。
家に帰ってシャワーを浴び、着替えてすぐに出社しようとした木原は、ドレッサーの鏡に映った自分の姿を見て我が目を疑った。
首筋から鎖骨のあたりに、驚くほどの数のキスマークがついている。
気がつかずに出社したら大変なことだった、と襟の高いシャツを選び直す。
どうして一晩限りの相手にこんなことを……
ルール違反じゃないか、と滝沢を恨めしく思った。
せっかく滝沢への想いは封印して今まで通りの関係に戻ろうと思っているのに、こんな跡を残されては消えるまで忘れることもできない。
鏡に映しだされた自分の姿を見ていると、昨晩の情熱の名残が確かに刻まれている。
辛いけど嬉しいような複雑な気持ちだった。
滝沢は少しは自分とのセックスを楽しんでくれたんだろうか。
キスマークを残したいと思ったぐらいには……
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