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第11話 邪魔?

 打ち合わせを終えて会議室から戻った木原は、石田の視線を感じていた。  好奇心というのとは違った敵意のような視線だ。  それが気のせいではないという証拠に、石田は話がある、と木原を呼び出してきた。  二人で話したい、と言うので木原は石田を連れて会議室へ場所を移した。   「さっき第二チームから聞いた話なんですが、木原チーフが第二のプログラム班の面倒を見るという話は本当なんですか」    石田は明らかに不満そうな顔をしている。   「面倒を見ると言うか、ピークの時だけ手を貸すという話だ。第一チームに迷惑をかけることはないよ」 「どうして木原チーフがわざわざ手を貸すんですか。チーフはプログラム班じゃないでしょう」    石田の言いたいことは想像がついた。  それなら自分が行くべきだ、と言いたいのだ。  石田が滝沢のチームに行きたがっていることは木原も知っている。   「滝沢さんは出張に行く前に僕に手を貸して欲しいと言ってたんです。なぜ僕がいない間に木原チーフが行くことになってるんですか」 「仕方がないだろう。たまたま昨日緊急のデバッグで人手がなかったんだ。それで滝沢に頼まれた」 「僕が滝沢チームで働きたいということをチーフも知ってるでしょう。邪魔してるんですか?」    石田は面と向かって滝沢チームで働きたいと木原に向かって言ってきた。  石田の気持ちを知ってはいたが、面と向かって言われると木原は辛かった。  そう思っている社員は石田以外にもいるのかもしれない。  自分のチーフとしての力のなさを感じて情けなく思う。   「分かった。僕から滝沢チーフには話しておくから、お前は今日から滝沢チームへ移れ。お前のあとは僕がなんとかする」 「いいんですか?」 「心が滝沢のところにいってしまってるやつを置いておいても意味がない」    石田は嬉しそうな顔をしていたが、  さすがに木原の嫌味に神妙な顔になった。   「先に頼まれたのは僕なんです。滝沢さんの力になるって約束したから」 「分かったよ。もういい。滝沢チームはプログラム班が頼りないらしいから、向こうでしっかり頑張れ」 「ありがとうございます」    石田は頭を下げると、意気揚々と会議室を出て行った。  仕方のないことだ。  元々滝沢は石田を欲しがっていたのだし、これでも間接的に滝沢の力になっていることには違いないだろう。    問題は石田の抜けた穴をどうやって埋めるか、だ。  バイトを増やすにしても、石田ほどの腕を持っているプログラマーは簡単には見つからないだろう。  木原は会議室を出ると、めったに顔を出さない自分のチームのプログラム班の部屋へ行った。   「どうしたんですか、木原チーフ。何か問題でも?」    石田の次に古株の北見が声をかけてくる。   「済まないが石田は滝沢チームへ移ることになった。忙しいところへ負担をかけて申し訳ないが、残ったメンバーでなんとか頑張って欲しい」    突然石田がいなくなったという知らせに、皆は不安そうな顔になる。  一番緊張した顔になったのは当然石田の補佐であった北見だ。   「石田が担当していたメインのプログラムは北見に引き継ぐ。北見の補佐には大西。サブは今まで通りだ。北見、今日からお前がリーダーだ。頑張ってくれ」    初めて班のトップになった北見は緊張した面持ちではあったが、力強く頷いた。  控え目な性格の北見は石田の陰に隠れていたが、真面目でやる気のある男であることを木原は知っている。  北見にとっては良い機会かもしれないと思った。   「皆、北見を助けてやってくれ。手が空いている時は僕もプログラム班に加わる」    若手の社員の間から小さく歓声が上がった。  前日に木原が滝沢チームのプログラム班で大活躍した噂はすでに伝わっていて、隣のチームに手を貸している木原に不満を抱いていたところだったのだ。  石田を失ったのは痛いが、木原からじきじきに仕事を教えてもらえるなら、と若手メンバーは喜んだ。    これで良かったのだ。  木原は頼りない若手を自分が育てよう、と発想を前向きに変えた。    夕方自分の仕事を終えて、木原がプログラム班の手伝いをしていると、外出から戻った滝沢が顔を出した。   「こんなところにいたのか、和泉。ちょっと話があるんだが」    和泉、と呼ばれて木原がむっとした顔をすると、滝沢はあわてて木原チーフと呼び直した。  滝沢と話しているところを他のメンバーには聞かれたくないので、木原は滝沢と一緒に部屋を出た。  ちょうど一息入れたいところだったので、自動販売機でコーヒーを買う。   「戻ったら石田が俺んとこに移ったと聞いたんだが、どういうことだ」 「どうもこうもありませんよ。滝沢さんのチームが一番忙しいんだし、滝沢さんだって石田を貸して欲しいと言っていたでしょう?」 「それはもういいと言ったじゃないか。俺はお前に面倒を見てやって欲しいと頼んだだろ」 「その前に石田に個人的に頼みませんでしたか?」 「ああ……まあ、頼んだが……しかし石田が抜けると困る、とお前は言っていただろう?」 「石田からじきじきに申し出があったんです。滝沢チームに移りたいとね。本人がそれを希望しているなら僕に異存はありません」 「しかし、現実にお前がプログラム班に加わらないといけない程追い込まれているんじゃないのか」 「滝沢さん。僕は間違ってたんですよ。滝沢チームのプログラム班の面倒を見る前に、自分のプログラム班を育てないと。よその面倒なんか見てたらうちのメンバーから不満が出てしまう」 「なるほどな。確かにそこまでは俺も気が回らなかった。分かった、お前が納得しているのならそれでいい」 「石田は頭もいいし、役に立ちますよ」 「ああ、さっそく助かってるよ。もうすでにリーダー格になってる」    木原はもともと滝沢チームのプログラム班のリーダーだった男のことをふと思った。昨日木原が手伝っていた時に隣で説明をしてくれていた、山岡という古株の社員で気のいい男だ。   「滝沢さん……石田を褒めるより、山岡さんに気を使ってやってください」    滝沢は木原の言わんとしていることをすぐに理解した。  山岡は石田よりも年配だが性格的におとなしく、石田がリーダー格になるのは時間の問題だろう。  しかしそれで山岡がやる気を無くしてしまうようなことは避けないといけない。   「和泉、お前結構いいチーフじゃないか。俺なんかより」    滝沢は木原の人を思いやる繊細な気持ちに素直に感心していた。  ついこの間まではクールで厳しい男だと思っていたのは表面だけのことだ。  二年も同じフロアにいて、自分は木原のことを何も知らなかったのだと気づかされる。  

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