12 / 25

第12話 石田と滝沢

「じゃ、僕は忙しいので戻ります」 「ああ、待てよ和泉……」    立ち去りかけた木原を滝沢は後ろから抱きしめた。  人気のない場所だとはいえ、誰が見ているかわからない。   「滝沢さん! 社内でそういうことを……」    じたばたと暴れる木原を滝沢は力強く抱きすくめた。   「和泉、無理するなよ。お前が困った時は俺が助ける。いつでも言え」 「滝沢さん……」 「石田を失って一番傷ついているのはお前じゃないのか」    木原は滝沢が自分の気持ちを察してくれたことを嬉しく思った。  石田が滝沢の役に立つのなら自分はそれでいい。  後は頑張るだけだ。  滝沢は木原のこめかみにちゅっと軽く口づけると、やっと腕を緩めた。   「頑張れよ」    片手をひらひらと振りながら、爽やかに滝沢は立ち去った。    滝沢はいったいどういうつもりなんだろう。  こんなことを繰り返されては、諦めがつかないところまで滝沢のことを好きになってしまうかもしれない。  そうなってしまってから振られたら、滝沢の側にいることはできなくなってしまうだろう。  木原は失恋した時の自分の脆さをよく分かっていて、不安になっていた。    しかし滝沢のチームも自分も今は正念場だ。恋愛を職場に持ち込んでいる場合じゃない。  木原は滝沢のことを頭から追い出すようにして、プログラム班の仕事へ戻った。  翌週滝沢チームのプレゼンは無事成功し、ピークは一段落した。  石田は短期間で滝沢の優秀な補佐となり、プレゼンの成功は石田の力が大きかった。   「滝沢チーフ。今日の成功を祝して飲みに行きませんか?」 「ん……ああ、そうだなあ……」    石田の誘いに滝沢は返事を渋った。  プレゼンが無事終わったら食事につき合う、と木原が言っていたからだ。  しかし、木原のチームは仕事に追われていて、最近の木原はプログラム班につきっきりだった。  食事になど行ってる場合ではなさそうだ。  滝沢は木原のプログラム班に顔を出し、手招きをして木原を呼んでみた。   「お前、今日都合どうなんだ?」 「それどころじゃないんだ。今日も徹夜になるかもしれないぐらいで」    木原は憔悴し切った顔をしていた。そんな様子に滝沢も無理は言えない。   「じゃあ、また後日だな。落ち着いたら言えよ。俺は待ってるから」 「約束してたのに、すみません」    木原としても滝沢と食事に行きたいのは山々だったが、自分のチームが徹夜をしているのに、のんきに食事に行くわけにはいかない。    滝沢は自分の部署に戻ると、石田を食事に連れて行ってやることにした。  石田とは話したいこともあったからだ。  滝沢は木原が憔悴していく様子を見て、石田を木原チームに返してやりたいと思っていた。  しかし、石田はやる気になっていて簡単には納得しないだろう。  チーフの都合であっちにやったりこっちにやったりするのは石田にとっては不本意なことに違いない。  石田は食事をしながら、これから滝沢チームでいかに頑張りたいと思っているかということを滝沢にアピールしてきた。  滝沢は木原チームに戻れとはなかなか言い出せない。  今日のプレゼンの成功は石田の力も大きかったのだし、気持ちよく飲ませてやりたいという気持ちもあった。  食事をした居酒屋を出て、滝沢はふと春人の店に寄ってみようかと思った。  本当なら今日は石田とではなく、木原と飲む約束だった。  春人の顔を見れば、少しでもその寂しさがまぎれるような気がしたのだ。   「悪い、俺、寄りたいところがあるから、ここで」 「まだ飲むんですか?」    石田がぱっと顔を輝かせた。  滝沢はしまった、と思ったが案の定石田は一緒に行きたがった。  前回石田と一緒に飲んだ時に、石田にせがまれてゲイバーへ連れていってやったのだ。  石田はそういう店に行ったことがないらしく、また連れていって欲しいと喜んでいた。    滝沢が寄りたいところ、と言っただけでゲイバーではないかと察したのだろう。  石田はしつこかった。  春人の店に石田を連れていくのは気が進まなかったが、他に近くに知っている店もない。  仕方がなく、石田を連れて春人の店に行くことになってしまった。    店に入るとマスターと春人がカウンターからこっちを見ていたが、滝沢は人差し指を口元に立てて内緒、という動作をした。そして、カウンターには座らずに一番奥のボックス席に石田を連れて行った。  春人やマスターと石田を知り合いにさせたくなかったからだ。  石田とマスターや春人が親しくなってしまうと、石田は一人でこの店に来る可能性がある。  こんな所で木原と石田が鉢合わせることだけは避けたかった。    春人は事情を察したのか、注文を聞きにきた時にも他人のフリをしていた。  石田は滝沢になぜこの店に寄りたかったのか、と聞いてきた。   「久しぶりに来たんだが、正雄はいないの?」    滝沢はわざとらしく辞めた店員の名前を口にした。  春人の方も滝沢の意図が分かっていて、うまく返事を返した。   「正雄さんは辞めたんです。僕がはいるちょっと前に」 「そうか、残念だったな。顔を見に来たんだが」    春人は滝沢だけにわかるように大丈夫、と目配せをして立ち去った。  店内は比較的空いていて、マスターも春人もカウンターで雑談をしている。  滝沢は石田の注意がそっちに向かないように、話を始めた。

ともだちにシェアしよう!