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第13話 交換条件
「なあ、石田。今日のプレゼンでお前は本当によく頑張ってくれた。それは分かった上で話があるんだが……お前木原チームに戻る気はないか?」
「なぜですか! 僕は滝沢チームで頑張りたいんです。僕は役に立っているんじゃないんですか?」
さっきまで機嫌の良かった石田は急に怒ったような顔になった。
石田の働きを思えば無理のない話だ。
さっきまでよく頑張ったと褒められていたのに、いきなり元に戻れと言われても納得できないのだろう。
「分かっている。お前には本当に助けられたと思っているんだ。感謝している。だけどな、木原は何も言わないがお前を失って憔悴している。俺を助けてくれたように、また木原を助けてやってくれないか」
「僕の気持ちはどうなるんですか! 僕はモノじゃありません。それに、僕は長い間木原チームにいたので、木原さんからはもう学ぶことはないんです」
「本当にそうか? 木原はいいチーフだぞ。俺ですら木原から学ぶことはたくさんある」
木原から忠告されて、滝沢は山岡のことを気にかけていたが、石田が移って来てから山岡は確かにやる気を無くしかけている。
今までは自分が頑張らねば、と必死になっていたのが石田にポジションを譲ろうとしているのが見え見えになった。
石田は自分が手柄を立てることに躍起になっていて、元のメンバーを気遣う余裕がないのだ。
そのため、一部の若手からも不満の声が上がっていた。
石田の手腕は認めているものの、若手メンバーは人の良い山岡を慕っている。
木原は石田が抜けてから、なりふり構わず若手プログラマーの中へ入っていって、一人一人面倒を見ている。
それは今まで木原チームにいた石田がやるべきことだった。
石田の下で若手が育たなかったから、今木原は苦労しているのだ。
石田がなんでも一人でやり過ぎたからそうなったのだと言える。
滝沢は石田を木原チームに戻して、若手を育てる役割を石田にやらせたかった。
でないと木原も身体が持たないだろう。
「ずい分木原チーフの味方なんですね。いつから滝沢チーフはそんなに木原チーフと仲良くなったんですか? お二人はライバルだとばかり思ってましたけど」
石田の疑うような目つきに滝沢はため息をついた。
「石田……お前がそんな風だから木原はお前を黙って俺のところへ移動させたんだぞ」
「そんな風ってどういう意味ですか」
「お前は確かに優秀なプログラマーだ。だけどな、人の気持ちをもう少し考えろ。でないと、上に立つ人間にはなれないぞ。俺を慕ってくれるのは嬉しいが、自分のチームの人間によそのチームへ移りたいと言われた時の木原の気持ちを考えたことがあるか? 木原はお前に一言でも恨み言を言ったか? アイツは今もお前がいなくなった後の若手を率いて徹夜してるんだぞ」
「木原チーフは俺に戻って欲しいなんて思ってませんよ。向こうで頑張れと言って笑ってましたし」
「石田……顔で笑って心で泣くという言葉があるだろう? 木原は俺なんかよりよっぽど人をよく見てるし、部下思いだ。それが分からないようではお前は本当のリーダーにはなれないぞ」
「滝沢チーフはどうしても僕を木原チームに戻したいんですか? 僕は滝沢チームの邪魔なんですか?」
「そうじゃない、ただ突然お前が移動して、木原は困っているんだ。助けてやってくれないか。せめてもう少し若手が育つまででも」
「……条件によっては考えてもいいです」
石田は挑戦的な目で滝沢を見た。
頭の回転のいい石田のことだ。
タダでは転ばないつもりだろう。
滝沢はため息をついた。
「なんだ、条件と言うのは」
「滝沢さん、僕の気持ち、分かっているんでしょう? 僕は滝沢さんの側にいたいんです。滝沢さんが僕とつき合ってくれるのなら、仕事では木原チームに戻ってもいいですよ」
「何を言ってるんだ、公私混同するな。それにお前、ちゃんと彼氏がいるじゃないか」
「滝沢さんがつき合ってくれるなら、今すぐでも別れますよ、あんな彼氏。滝沢さん、今フリーだって言ってたじゃないですか。僕とつき合ってくれたら、滝沢さんの言うことはなんでも聞きます」
石田は上目遣いで滝沢に甘えるようにしなだれかかってくる。
滝沢は石田の説得を諦めた。
話にならない。
いったい石田みたいなやつを今まで木原はどうやって使っていたのだろう、と途方にくれた。
その晩、木原のプログラム班が仕事を終えたのは0時を回っていた。
遠方の社員は泊まりこみ態勢だったが、木原は短時間でも自分のベッドで休みたいと自宅へ帰ることにした。
しかし終電がなくなる時間帯のせいか、会社の前でタクシーはなかなか拾えない。
ふと、滝沢のことを思い出した。
今日は本当なら滝沢とデートの予定だったのだ。
疲れ切っていた木原は気持ちも荒んでいて、このままでは眠れないような気がしてきた。
疲れすぎた時というのはいつも寝付きが悪い。
どうせタクシーがつかまらないのなら、ちょっとだけ春人の顔を見に行こうか、という気になった。
そうすれば少しでも滝沢のことを思い出しながら飲んで、気持ちが安らぐかもしれない。
取り敢えずタクシーは諦めて木原は終電に飛び乗った。
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