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第21話 鍵
「圭吾……今さら疑う訳じゃないんだけど、石田のこと……」
「ああ、アレな……」
身体ごと滝沢の方を向き直った木原の頭を滝沢は撫でてやる。
少し困った顔をしてどう話そうか迷っているような滝沢に、木原は本当のことを打ち明けることにした。
「圭吾、プレゼンのあった日、石田と一緒に春人の店へ行っただろ」
「春人に聞いたのか?」
「いや……僕も行ったんだ、あの日」
「見てたのか?」
滝沢は驚いた顔になった。
しかしあの日、店内の様子には気をつけていたはずだが、木原が来ていたとは気付かなかった。
「圭吾が会社の人と一緒に来てるって春人が教えてくれて、カウンターの奥に隠れてたんだ。それで、帰り際に圭吾と石田が話しているのも聞こえてしまった」
「それでお前、あんなに怒ってたのか」
「怒ってた訳じゃないんだけど……」
「ヤキモチ焼いてくれたんだな?」
嬉しそうに滝沢が覗き込んでくるのを、木原は顔をしかめて押し返した。
べったりと石田が滝沢に寄り添っていた光景を思い出すだけでも、気分が悪くなってくる。
「あれは石田を僕のチームに戻す条件として、つき合ってくれと迫られてたんじゃないのか」
「正解」
ご名答、というように人差し指を立てておどける滝沢の手を木原はパシっと叩いた。
「でも、きっちり断ったぞ。店を出てから。お前はそこまでは聞いてなかっただろ?」
「断ったのなら、なぜ石田は僕のチームに戻って来たんだよ。それに僕が聞いた時に、それならそうと言えば良かったじゃないか」
「それはなあ……」
頭をぼりぼりと掻きながら、滝沢は渋々説明を始めた。
「翌日三好さんがお前のチームにフォローに入ったというのを聞いて、お前がかなり追いつめられているのが分かったから、もう一度石田を呼んで交渉したんだ。それで、三日間だけという約束でお前のチームを手伝いに行くことを納得させた」
「石田はすんなり納得したのか?」
滝沢はため息をつきながら、首を横に振る。
「つき合うのがダメならと、代わりの条件を持ち出してきた」
「なんだよ」
「お前のことを和泉と呼んでるのが気に入らないらしく、それなら自分のことも名前で呼んでくれ、と」
「はあ?」
馬鹿馬鹿しいとばかり、木原も大きくため息をつく。
「だから言ったろ。僕は社内で余計な敵は作りたくないって。それでその条件を飲んだのか?」
「仕方ないだろ。背に腹は代えられないし」
「で、呼んでやってるのか?」
わざと拗ねたような口ぶりで木原が言うと、滝沢は慌てて弁解した。
「いや、その時仕方なしに二、三度だけな。しかし部下を差別する訳にはいかないから、石田を名前で呼ぶなら部下は全員名前で呼ぶことにする、と言ったら石田も諦めたようだ」
あまりにもくだらない話なので、木原は思わず吹き出してしまった。
「じゃあ、僕のことも社内では差別しないように」
「お前はいいんだ。お前は俺の部下じゃないし、歳も立場も対等の友人だ。問題ないだろう」
「勝手な言い分だな」
クスクス笑っている木原を見て、やっと安心したように滝沢は木原を抱き寄せた。
「しかし、それなら約束の三日はもう過ぎたんじゃないのか。石田はまだ僕のチームに残ってるが」
「ああ、石田もバカじゃないから反省したようだぞ」
「反省?」
「石田が抜けた後の短期間で、お前のプログラム班の若手が驚くほど成長しているのを見て慌てたそうだ。お前に育ててもらって今の自分があるということにやっと気づいたんだろう。自分からもうしばらく若手の面倒を見ると言ってきた」
「そうか……」
石田が自分で納得しているのならそれでいい。落ち着いたらまた滝沢チームに戻してやろうと木原は言った。
「いや、俺はその……石田は苦手だ。お前よくあんなやつコントロールしてるな」
「弱みを握られる圭吾が悪いんだよ!」
口では強気なことを言いながらも、甘えるように胸に顔をうずめてくる木原のことを、滝沢はたまらなく可愛いと思っていた。
「そうだ、忘れないうちに……」
ふと思い出したように木原は滝沢の腕から身体を起こして立ち上がると、スーツのポケットからスペアキーを取り出して返そうとした。
結局滝沢が迎えに来てくれたから、使う用事はなかったので忘れていた。
滝沢は差し出された木原の手をそっと押し戻す。
「貸したんじゃない、お前にやったんだ」
「くれるの……?」
目を丸くした木原に、滝沢はもちろん、と優しい笑顔を向けた。
「お互いに忙しい身なんだから、時間が出来たらこのベッドの上で待っていてくれ」
木原は大事そうにその鍵を胸のところで握りしめ、それからまたスーツのポケットに戻した。
【鏡の向こうに 本編~End~ 】
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