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第22話 【番外編SS】 ギャップ萌え

「お、早かったな」    合い鍵を使って、木原が滝沢のマンションを訪れるようになって一ヶ月。  お互いに忙しい身なので、約束らしい約束もできず、滝沢が早く帰宅した日を見計らって木原が後から訪れる、というパターンになりつつある。   「頑張って急いで終わらせたんですよ」 「それは、お疲れさん。飯は食ったのか?」 「これ、買ってきました」    にっこりと笑いながら木原が手渡したのは、会社の近所の中華屋のテイクアウトの包みだ。  まだ温かい、ということは買ってから急いでタクシーで帰ってきたのだろう。   「ちょっと待っててくれるか。やること片付けてしまうから」    滝沢は軽く木原を抱きしめた後、パソコンのデスクに戻ってしまう。  滝沢が自宅に帰ってまでも仕事をしているのはめずらしい。   「どうかしたんですか?」 「メールをチェックしようと思ったら、どうやらウィルスにやられてるみたいなんだ」 「ウィルス?」    木原は慌ててパソコンに駆け寄ると、インターネットにつながっているケーブルを引っこ抜く。   「ダメですよっ!そういう時はすぐにネット切り離さないと」 「え?でも対処方法がわからないから、調べようかと……」 「情報が漏れる可能性があるんですよ! 仕事持って帰ってるんなら気をつけないと!」 「ああ、そうか……悪い。そうだな」 「ちょっと、代わって下さい」    木原が顔色を変えているので、滝沢は素直に立ち上がって席を譲る。   「トロイ系か……怪しいエグゼが動いてないか調べないと」    木原はすっかり仕事の顔に戻って、パソコンに向かっている。  滝沢はなす術もなく、木原のそばにたたずんで画面を見ていた。   「これはデータを待避させた方がいいかもしれない。ハードディスクに重要なデータはありますか?」 「いや、仕事に関するものは入ってない。プライベートなデータだけだ」 「そうですか」    木原はほっとため息をついて、黙々と何かをチェックしている。    帰宅してネクタイをしめたままの、端正な木原の横顔。  仕事モードになってしまったのか、言葉使いまで丁寧語だ。  木原は普段会社では眼鏡をかけているが、それほど視力が悪いわけでもないらしい。  前髪をきっちりと上げて、眼鏡をかけているのはむしろ子供っぽい容貌をごまかすためだ、と本人が言っていた。  責任ある立場上、少しでも隙を見せないようにしているのだと。    会社は服装にもそれほどうるさくなく、技術の社員は軽装で仕事に来る者もいる。  滝沢も来客がない時には、セーターやラフなシャツで出社することもある。  しかし木原はいつもきっちりとビジネススーツを着込んでいる。  だから、木原は仕事の時とプライベートのギャップが激しいのだ、と滝沢は思う。   「一応、破損しているファイルがないか調べます。その……僕に見られたくないデータはありますか」    木原は遠慮がちにちらり、と滝沢を見上げる。   「ねえよ、そんなの。過去の写真とかはあるけど、消してくれたって構わない」 「ダメですよ……そんなこと」    過去の写真、と聞いて木原は少し動揺したようだ。  それは見てはいけない、と思ったのだろう。   「過去の写真って言ったって、女の写真とかじゃないぞ。参考資料のキャプチャーとかそういうのだから」 「女のって……」    今度は明らかに木原が動揺したのが分かって、滝沢はしまった、と思った。  滝沢は木原とは違って、ゲイというわけでもない。  好きになったら性別は関係ない、と思ういわゆるバイというやつだ。  過去の恋人には男も女もいた。    抱きたい、という衝動を持つ場合、相手が男でも女でも大差ない、と滝沢は思うのだ。  だけど木原のように抱かれる側であれば、相手を選ぶ。  女に抱かれることはできない。  動揺を隠して黙々と仕事をしようとする木原を、滝沢は後ろからそっと抱きしめる。   「ダメだったら買い換えるから、別にいいぞ。放っておいても」 「いや、買い換えるにしても、汚染状況は把握してないと。また同じことになる可能性がありますから」    木原の表情も声も固い。  まるで見えない壁を作ろうとしているような木原の態度に、滝沢は思わず抱きしめる腕に力をこめる。   「時間、かかりそうか?」 「いえ、とりあえずチェックだけでもと……」 「なら、待つとするか」    滝沢は後ろから抱きしめながら、木原の首筋に唇を押し当てた。   「ちょ、ちょっと……滝沢さん」    驚いたように木原は避けようとするが、滝沢はその身体をしっかりと抱きしめて唇を這わせる。   「木原チーフは仕事続けて」    少し含み笑いをするような口調で、滝沢が耳元へ囁くと、木原は困ったように顔を赤らめる。   「け、圭吾……ちょっと待って……」    仕事モードとプライベートの境目で木原が困っている様子が、滝沢には楽しい。  抱きしめた手を胸元に移動させて撫でてやると、マウスを操作している木原の手が震える。   「いいな、こういうの」    滝沢は首筋に唇を這わせながら、シャツの上から木原の乳首を探し当てた。   「あっちょっと……やめて下さいって……どうして邪魔するんですか」 「木原チーフが仕事しながら、そういう顔するの、会社じゃ絶対見られないからな」    普段木原がたしなめても和泉、と名前で呼び続けている滝沢なのだが、わざわざ木原チーフ、と呼んで仕事を意識させてやる。  羞恥心に顔を赤らめる木原が可愛い。  両方の乳首を指先で捕らえると、木原はため息を漏らして仕事の手を止めてしまう。   「ほら、待ってるんだから、早く仕事して」 「そんな……意地悪なこと……」 「それとも、パソコンは見捨ててベッドへ行くか?」 「ダメですっ、それはっ」    あわてて任務を思い出したように、パソコンを操作しようとする木原の生真面目さが微笑ましくて、滝沢はますますいじめたくなってくる。

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