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第5話

 カチコミですか?と訊ねたくなるような物騒な表情で店に入ってきた男の名は、御薙(みなぎ)大和(やまと)という。  『真冬』が一晩を過ごした相手で、『冬耶』の淡い初恋の相手である。  見上げるほどの長身。スーツの下の胸は厚く、まだ学生の頃から、恵まれた体格していた。  誰にでも愛想良く振る舞うタイプではないため、怖がられることも多いようだが、笑うと優しい顔になるのを、冬耶はよく知っている。  ……まあ今は、仁王像も裸足で逃げ出しそうな形相なのだが。  均整の取れた体躯を包んでいるのは、スーツにネクタイという、言葉にすれば普通の装いではあるものの、若干尖った革靴はちょっと光り過ぎているし、ネクタイとワイシャツの色のチョイスも、ビジネスパーソンというには爽やかさに欠けている。  そう、彼はヤクザなのである。  仁々木という組の若頭…つまり、ナンバーツーの立場らしい。  『JULIET』は、仁々木組のシマ内にあり、組にはいわゆるみかじめ料を払っている。  金を払う代わりに、店で揉め事が起きたらお出まし願うわけだ。  このご時世に……とも思うが、仁々木組は指定暴力団ではなく、組長も侠気のある人で、おしぼりや観葉植物を法外な額で仕入れさせたりするような搾取もなく、両者の関係は相互扶助といって差し支えはない。  ただ、その組長も高齢のため、現在、仁々木組には跡目問題が起きているらしい。  次期組長が誰になるかによっては、風向きが変わりそうだということで、昨晩の接待もその辺りの事情と関係している。  それが自分のせいで失敗……なんてことがあったら、大変なことだ。  青褪めていると、彼はまっすぐこっちに向かってくる。  一瞬身構えたが、御薙はひょっとこの横を素通りし、背後にいた店長の首根っこを掴んで、奥へと消えていった。  まさか、ひょっとこに扮していたことに感謝する瞬間が来るなんて……。  ……などと安心している場合ではない。  彼の怒りが昨晩(今朝?)のことに起因しているのであれば、断罪されるべきは自分であって、国広は悪くないのだ。  冬耶は慌てて二人の後を追った。  店の奥には、キャストや他のスタッフが休憩をとるための狭いバックヤードと、店長の事務作業用兼応接用の狭い部屋とがある。  両方とも、三人くらい入るだけで何となく息苦しさを感じるような小部屋なのは、フロアの方に多くスペースを割いているためだ。  足音を忍ばせ、応接室の前で聞き耳を立てる。  ドアが薄いので、それなりに声は聞き取れそうだった。  国広が御薙に椅子をすすめる声がして、人目のない場所に入った途端に血の惨劇が行われているとかではなさそうなことに、冬耶はひとまずほっとする。 「あー、真冬が何か、粗相でも?」 「……今日、彼女は?」 「休みっす」 「実は昨晩、彼女を……」 「や、そのつもりだったんで全然大丈夫ですよ。うちはほら、若頭に全てを捧げてますんで」 「お前な。俺にはそのつもりはなかった。ただ、まあその……」  俺にはそのつもりはなかった。  その一言に、ずん、と心が重くなり、ショックを受けていることに、冬耶は動揺した。  最初から、一晩限りだと、ただの接待だと、覚悟していたつもりだったのに。  改めて彼の口から昨晩のことを全て否定されて、ダメージを受けるなんて。  昨夜、彼と話をしながら、ほんの少しだけ、恋人になったりはできなくとも、自分を気に入って店に通ってくれたりしたらいいと、そんなことは考えていた。  どちらにしろ、この体では、そんなことも叶わないのに。  よほどショックだったのか、気分が悪くなってきて、壁に寄りかかった。  気分?いや違う、悪いのは体調だ。  今朝起きた時と同じ、頭痛がして、吐き気がして、全身の関節が痛くなってくる。  二日酔いはぶり返したりするのだろうか?  それとも、何か、別の 「……………………御薙さん、マジっすか」  驚いたような国広の声がずっと遠くで聞こえる。  彼は何を言ったのか、そしてどう答えたのか、聞きたかったのに。  あまりの苦痛に気が遠くなり、冬耶はその場で意識を失った。

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