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第33話

 性別が変わったのは、冬耶の陰陽の気のバランスが崩れてしまったから?  二人の話は、冬耶にしてみればあまりにも非現実的で、騙されているのだろうかと疑いそうになる。  けれど、そんなことをして二人に何の得があるのだろう。それに二人とも、他人を騙して喜ぶような人たちではない。  そうわかっていてなお信じがたい話というか、現実の、しかも自分のこととして受け止めるのがかなり困難な話だ。  だが、頭で理解できなくとも、感覚的に腑に落ちるものはある。  冬耶の体に起こる変化は、現代の医学や科学、生物学などでは説明できそうもない、「変身」としか言いようのない急激な変態である。  それはもう魔法、ファンタジーの領域の話で、そのメカニズムを解き明かすとなると、やはりスピリチュアルよりの話になるしかないのかもしれない。  ひとまず受け入れることにしてみようと思うのだがしかし、一つ引っかかることがある。  この世の中に、陽より陰の気質が強い男性は、冬耶以外にもたくさんいるのではないか。  自分が内向的な性格で、陰側の性質を多く持っているということは理解できるのだが、そんな性格の人間は、世界中には、特に日本にはいくらでもいると思うのだ。  陰陽の気のバランスが崩れることで姿が変わる…、それを理とするなら、もっと他にも自分と似た症例があるはずではないか。  聞くと、五十鈴は腕を組んで唸った。 「うーん、何故あんただけがってとこは、まだわからないんだけどね。私たちも、陰気の強い人間なんていくらでもみてきたけど、鬼になるならともかく性別が変わってしまうってのは初めてだし」  なんだか、鬼になった人はよく見るみたいな口ぶりだ。  流石に冗談だろうと受け流す。 「五十鈴先生には、その陰気や陽気というのがわかるんですか?」 「まあ、昔取った杵柄かね。そっちの爺さんも『視える』人だよ」  振られた晴十郎は芝居がかった動作で肩をすくめた。 「私は、ほんの少し気の流れが見えるだけのことですが。でも、冬耶君を初めて見た時には、驚きましたよ」 「ど、どうして?」 「陽の気がほとんど感じられないにも関わらず、ごく普通にしていましたから」  普通はバランスが極端に崩れると、体調を崩したり、精神に変調をきたしたりするらしい。  そういうこともあって、わざわざ店まで連れて行って冬耶の話を聞いてくれたようだ。 「この陰陽のバランスには個人差がありますから、恐らく体質なのでしょうね。お会いする前の冬耶くんのことを見ていないから、何ともいえませんが」  特異体質ということだろうか。 「バランスが…ってことは、それを整えれば男に戻れるってことなんですかね?」 「まあ、そうなるな。それで最近一時的に戻ったろう」 「え?あれは……」 「男性は陰陽の陽。そして男根は、陽物なんて呼ばれ方をするくらい、陽の象徴だ。男と性交をして、そこから陽気を直接注がれる、つまり精液を中出しされることで、陰に偏っていた気が強制的に整ったって感じかね」  五十鈴の説明に、冬耶はぽかんと口をあけた。  信じ難いが、辻褄が合うのだ。  これまで二度ほど男性に戻ったが、それのどちらとも、性器と口との違いはあるとしても、精液を体内に取り込んだ時だった。 「(いや、待って、それはつまり、)」  国広の「秘策」は正しく男性に戻るのを防ぐための最善策だったというのか。 「(そんな……。何故だろう、ものすごく釈然としない……)」  国広が正しかった上に、冬耶は自発的に男に戻るようなことをしてしまったというわけで。 「……時を……戻したい……」  謎に二重のダメージを受けて、冬耶は机に突っ伏した。 「すみません。もっと早いうちに説明をしておくべきだったのかも知れませんが…」  晴十郎に謝られてしまって、慌てて顔を上げる。  悪いのは軽率な自分で、二人には感謝以外の気持ちはない。 「いえ、大丈夫です。二人とも、話していただいてありがとうございます」  恐らく、少し前の自分では、同じ話を聞いたとしても信じられなかったのではないか。  ここのところの頻繁な性別の変化を体験したからこそ、こんな非現実的な話を受け入れられるのだと思う。 「ま、ちょっと信じられないかもしれないが、これが私たちの推測さ。何か他に聞きたいことはあるかい?」 「じゃあその、今後男性と、その、そういうことをしなければ、このままの体で一生を終えるんでしょうか」 「んー、そうなる可能性が高い、といえなくはないけど、保証はないね。例えば今後、生きがいみたいなものを見つけて熱心に取り組めば、陽の気が高まって男に戻るかもしれないし」 「なるほど。ちなみに、これ以上陰の方に傾くと、鬼……とかになっちゃう可能性は……」  御薙といる時に、性別が変化する時の兆候を感じたことがあった。  男に戻ってしまうかもしれないと焦ったが、確かあの時考えていたのはネガティブなことで、今の話と照らし合わせると、男に戻るトリガーにはなり得そうもない。  だとしたら、もしかして…と、鬼云々の話は五十鈴の冗談とは思いながらも不安な気持ちになったのだ。  恐る恐る訊ねる冬耶に、五十鈴は苦笑で応えた。 「今の時点で人間でいられるから、鬼にはならないかな。可能性として、あんたの体はまだ完全な女性じゃないから、それが完全に変化するってことかもしれない」  完全な女性ではない、というのは、月経がないことだろうか。  自分が出産する、とは、どんな感じなのか、ちょっと想像もできない。 「変化の時に随分と具合が悪くなるようだから、少し自分で制御できるようになった方がいい。人間の体は、もとよりそんなに形状が変化するようにはできていないから、負担は大きいはずだよ」  他に聞きたいことは?と聞かれたので、首を横に振ると、五十鈴はそのようにして話を締めた。  体が変化するときの不調はかなりつらいので、冬耶は素直に頷く。  ただ、何もしなくとも自分はしばらくこの不完全な女性のままなのではないかと思う。  今は、あまりポジティブなことは考えられそうにもない。  皮肉なものだ。  全て終わってから、完全に女性になれるかもしれないという話を聞くなんて。  だが、女性として御薙のそばにいることは何度も考えたけれど、やはり人生を通して真冬を演じ切れるとは思えなかった。  これでよかったのだ。  彼の言う通り、責任を取られるようなところまで話が進んでいたら、お互いにもっと辛い思いをしただろう。  これでよかったのだ、と、そう言い聞かせるように、冬耶は痛む胸を押さえた。

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