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第39話

「大和さん、無事ですかっ?」  開いたドアからぱっと飛び込んで来たのは、先ほどの二人のうちのどちらでもなく、初めて見る青年だった。  御薙の部下なのだろうか。背丈も年頃も、冬耶とそう変わらないように見える。スタジャンにカーゴパンツの、どこにでもいそうな若者だ。  青年の唐突な登場に戸惑っていると、隣の御薙は明るい声で応じる。 「ハル、思ったより早かったな」 「早かったな、じゃないですよ~。無策のまま一人特攻していって。発信機見つかったらどうするつもりだったんですか」 「お前ならなんとかしてくれるだろうと信じてたぞ」 「ったく、楽観的なんだから…」  二人の親しげなやり取りを見て、とりあえず彼は味方らしいと、冬耶は肩の力を抜いた。  ハル、と呼ばれた青年は、柄の長い庭木用の鋏のようなもので、御薙をぐるぐる巻きにしているチェーンを切断する。  スチールのフレームから自由になると、御薙は先ほど冬耶が教えられた方法で、いとも簡単に両手首の結束バンドを外した。 「真冬サンは、怪我は?」 「ない…、よな?」 「は、はい。大丈夫です」 「んじゃ、応援が来る前に、さっさとずらかりますか」  ハルはどういう人なのかとか、先ほど御薙が言いかけた言葉の続きだとか、気になることは色々とあったが、その話はここを脱出してからでもできる。  冬耶は頷き、二人の後に続いた。  倉庫から出ると、冬耶が乗せられてきたSUVの側に、御薙が乗ってきたものと思しきオートバイがあり、その近くに先ほどの二人が倒れている。  喧嘩が強そう…にはあまり見えないが、彼がやったのだろうか。  ハルの方を見ると、視線に気づいた青年は、なんだか慌てた様子で謎の弁明を始めた。 「あっ、大丈夫。スタンガンなんで、殺してないっすよ!」  別に生死が気になったわけではないのだが……。  念を押されて、逆に不安な気持ちになってしまった。  足早に移動し、少し離れた場所に停めてあった国産のハッチバックに三人で乗り込む。  ハルがすぐに車を発信させたので、冬耶は慌ててシートベルトを締めた。  景色が流れ、海が遠ざかると、少しだけホッとする。  助かったのだ。  ようやく、じわじわとその実感がわいてくる。 「真冬、こいつは東海林(しょうじ)ハル。一応俺の片腕的な存在だ」  ぼんやりしてしまっていると、御薙が運転席のハルを紹介してくれた。  冬耶はぺこりと頭を下げる。 「は、初めまして」 「あっ、どうも、いつもうちの上司がお世話になってます~。大和さん、一応ってなんですか。こんなところまで単身助けに来たってのに」 「三雲に裏切られて傷心な俺の気持ちを汲んでくれ」 「あ~、確かにあいつがあっち側につくとは俺も想定外でした」  二人の会話に、御薙と三雲の意味深なやり取りを思い出した。  彼らの間には、やはり何かあるようだ。 「真冬サンすみません、手違いのせいで怖い目に遭わせてしまって。これに懲りずうちの若頭をよろしくお願いします」 「え……、」  バックミラー越しに頭を下げられて、何と返答すればいいかわからず固まった。  と、隣の御薙が慌てた様子で運転席に軽く蹴りを入れたので、驚く。 「馬ッ……!……ゴホン。お前は一体何を言ってるんだ」 「や、だって今まで心配になるくらい惚れた腫れたの話がなかった人に突然訪れた春なんですから、大事にしないと」 「ハル、余計なことは言わなくていいから、運転に専念しろ」  なんだか、御薙の目が据わっている。  ハルはそれを特に気にした様子もなく「は~い」と楽しげに気の抜けた返事をした。  一体自分は、御薙の周囲の人たちにどんな認識をされているのだろうか。  ハルが来る直前の、御薙との会話が脳裏に蘇る。  御薙は、冬耶のことを軽蔑していないと言っていた。  本当に?  終わったと思った関係の、その先がちらりと姿を見せたような気がして、冬耶はどうしていいかわからなくなる。    御薙は今何を思っているのだろう。  直接聞く勇気はなく、黙ってしまった御薙の様子を、窓ガラス越しに窺うことしかできなかった。

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