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第4話

 月曜と木曜は塾。先生が来るのは火曜と金曜。今までそれ以外の日は、僕にとってオフ日だった。もちろん勉強なんてしない。マンガを読んだりごろごろしたり。休むことだって必要だ、と正当化していた。  でも。  目標ができたんなら話は別だ。  何しろ、先生とメシ。先生の行きつけ。先生と家の外で会う。先生と、二人きり。  オフ日なんて悠長なことは言っていられない。僕は先生との約束をゲットするため、帰宅後、毎日三時間は問題集と対峙することを自分に課した。もちろん、欲は言わない。先生だって、一科目でいいって言った。だからとりあえず、得意な数学一本に絞った。買ってから一度も開いていなかった問題集を徹底的にやる。  疲れて頭が働かなくなったら先生のことを考えた。一緒にメシ食ってるところを想像する。先生と向かい合ってメシを食うなんて、なんだか緊張する。でも嬉しい。妙にこそばゆい。想像するだけで気持ちがはやる。そうすると、がんばれる。恋の力というのはすごいものだ。僕は自分の集中力、というか、執念とでも呼べそうな力に驚いた。  期末テストの答案が帰ってきた火曜日、僕は隣に並んで座る先生の前に、百点の試験用紙を広げてみせた。まさかとれるわけないと思ってたのか、先生は点数のところを見つめたまま固まった。 「……マジ?」 「マジだよ」 「やるな、おまえ。すげー。そんなに数学って良かったっけ? 成績」 「だから、がんばったんだよ。忘れてないよね、メシ食いにつれてってくれるの」 「あ、そっか。約束したっけ」 「したよ!」  先生がシラをきるつもりなら、僕は猛抗議するつもりだった。何が何でも約束は守ってもらう。でも、先生はそんな卑怯なヤツじゃなかった。なにしろ、僕が好きになった人なのだ。 「そうだな、じゃ、行くか」 「え、本当?」 「おう。いつにする」 「明日」 「早えな」 「だって、明後日は塾だし、ぼやぼやしてたら忘れられそうだし」 「忘れやしねえけど。まあいいや。明日な」 「やった!」  僕は先生が帰るときに、母親にも報告しておいた。 「おれ、明日晩ごはんいらない。先生と食いにいってくるから」  玄関先まで見送りにきた母親は、まあまあと言って先生を見た。 「ご迷惑じゃありません?」 「いいんです。百点とったから、おごってやるって俺が言ったんです」  先生は人懐っこい笑顔でそう答えた。愛想笑いだとしても、とても感触が好い。母親は満面の笑みを返して、僕に釘をさした。 「ご迷惑かけちゃだめよ」 「わかってるって」 「じゃ、失礼します。ナオ、明日な」  僕はうなずいて片手を上げた。いつもなら火曜が終われば次は金曜だ。三夜明けないと先生に会えない。明日の約束があるなんて、なんてすごいんだろう。 「おれ、もう寝る」  ドアが閉まると、僕は急いで階段を駆け上がった。下から声が追いかけてくる。 「何言ってんの、お風呂入りなさい!」 「後で!」  来ていく服を決めなくちゃいけない。定食屋なんだから、固すぎないやつ。といってもたいした服は持ってない。結局はいつもどおりだ。とにかく、興奮して落ち着かない。  何を話そう。勉強の合間に話くらいするけど、僕の部屋以外のところで話をするのは初めてだ。先生がいつも行く店。先生の日常。想像の域を出なかったいろいろなこと。  僕の頭はいっぱいになって、もちろんだけどなかなか寝つけそうにはなかった。

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