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第9話

 目標を設定したのはいいものの、想定外の苦悩をともなうことになった。  調子よく勉強が進んでいると、うまくいけば条件をクリアできるかもしれないと希望的観測を思い描いてしまう。  そうすると、想像するのはもちろん、先生と……キスしているところなわけで、そうなると、健康優良少年の妄想はとどまるところを知らず、そしていたって健康体の内部は勝手に暴走し始める。いかん、想像してはいけないと思っても、そうなると勉強どころではなくなってしまうのだ。  こんなことでは先生の思う壺だ。十番以内にならなかったらキスはもちろん、今後どんなにがんばってもなんの報奨もないというのに全力投球を強いられるのだ。  まさか、先生は僕のこんな動揺と葛藤も計算ずみだったのだろうか。ふと思って、すぐに打ち消した。先生は医学部で頭はいいけど、そういうとこは単純だ。そこまで計算ずくのはずはない。今だってきっと、まさかできるわけないと思いながら、内心びくびくしているはずだ。  まあ、女慣れしているみたいだから、キスの一つや二つ、たいしたことないとたかをくくってるかもしれないけど。  僕は深く深呼吸をして、問題集へ向き直った。雑念を払おう。今は集中するのだ。最初で最後だろう幸福のために。  思えば春から、勉強ばっかりしてる。人って、こんなに急激に知識を詰めこめるものなんだ。不思議と、目標がある限り苦にならない。希望がないと知ったときは何もかも投げ出したくなったけど、目の前の小さな幸せのためにがんばるのも悪くない。単純だけど、きっとこんなチャンスは二度とないだろうからだ。  僕は満身創痍でテストに望んだ。先生のために。そして自分のために。  十二月の第三月曜日。終業式の日だ。  明日から冬休み。通知表と一緒に、期末テストの結果が配られる。見たいのと、見たくないのとが半々。僕はざわめきたつ教室の片隅で、二つ折りにされた紙をそっと開いた。 「やった!」  声は、意外なほどよく響き、周りにいた級友たちが何事かと振り返る。 「なんだよ、そんなに良かったのかよ」  竹藤が肩を組んで覗き込んでくる。見られたって全然かまわない。野球部で推薦の決まってる竹藤は、僕の成績を見て目を丸くした。 「……マジ? 何これ。学年で八番?」 「すげえだろ」  僕は遠慮もなく自慢してやる。 「すっげ、おまえ、そんなに頭良かったっけ? 何がんばっちゃってんの」 「情熱のなせる技だ」 「何に対する情熱だよ。勉強?」 「恋に決まってるでしょ」 「何、おまえ、恋してんの?」 「してるに決まってるでしょ」  僕は紙を窓に向け、陽にすかしてみた。  困り果てる先生の顔が、そのすぐそばに浮かんで見えた。

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