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第11話

「ほらよ」  先生が顔を上げ、僕が近づいて唇を重ねる。すっかり慣れた動作だ。  先生の唇はいつも乾いてて、少し冷たい。かすかに煙草の匂いがする。  慣れたとはいえ、緊張しない、というわけでもない。いつだって、先生に触れるときは少し緊張する。これで、数えて四度目のキスだ。  二度目は、冬休み明けの実力テスト。  最初のただ触れ合わせただけのときよりは少し進歩したくて、先生の唇を感じるのに意識を集中した。力を抜いて、より密着するように角度を変えてみる。先生は抗わずにいてくれた。  なんて気持ちいいんだろう、うっとりしていると、はい終わり、とまたしても先生から離された。あんまりあっという間で、物足りなかった。  三度目は塾の模擬試験。  そのときは、合わせた唇をそっと動かしてみた。先生の唇を口先でほぐすように。  自然、顔が揺れて、そうしているとなんだか大人のキスをしている気がして、鼓動が高まってくる。そのうち、かたくなに閉じられていた先生の唇がわずかに開き、嬉しくなってさらに深く合わせようとしたまさにそのとき、ノックの音がしたかと思うと間髪入れずに母親がドアを開けた。いくらなんでも、少しは待ってくれてもいいもんじゃないだろうか。そのためのノックなんじゃないのか。  ともかく、僕はすさまじい勢いで先生から顔を離し、その反動でイスから転げ落ちた。 「あらなおくん、何してるの」 「べ、別に」  先生は体勢を崩すこともなくしれっとしている。母親からコーヒーと焼き菓子の乗った盆を受け取りながら、いつもありがとうございます、なんてにこやかに微笑んでいる。  せっかくいいところだったのに、と僕は、そのときばかりはコーヒーを持ってきてくれた母親を恨めしく思った。転げ落ちたはずみで強打した腰をさすりながらイスに座り直す僕を、先生はにやにやしながら眺めていた。  四度目の今日は、三学期の学年末テストの結果で、実質これが最後のテストだ。この先は塾の模擬試験も判定結果が出ない。もう先生と賭けをすることもできなくなる。  きっとこれが、最後のキス。  触れ合った唇を、揉みほぐすようにやわやわと動かす。そう間をおかず、先生の唇がやわらかくほどける。この感触も、最後なんだ。そう思うと、簡単には唇を離せなかった。  知らず、僕は両手を先生の頬にそえていた。一瞬身じろぎした先生は、それでも身をまかせてくれている。それで調子に乗ってしまって、僕はつい、緩く開いた先生の口元に舌を差しこんだ。  先生の顔に力が入ったのが手のひらに伝わってきた。  あ、やばかったかな、と思ったけれど、かまわず続行したら、差しこんだ僕の舌を先生が甘噛みした。背中に電気が走ったみたいになる。それは予想していなかった。  とまどっているうちに、僕の舌を押しのけて先生の舌が侵入してきた。首の後ろをつかまれて、深く深く口が合わさる。  先生の舌が、想像もしなかったほど大胆に動いて僕を惑わせる。舌を絡めとられて、頭の中が真っ白になった。テストとか最後とか名残り惜しいとか、全部どこかへ飛んでしまった。ただ気持ちよくて夢中になって、先生の唇が離れてゆくまで何も考えられなかった。 「……すっげー、先生」 「なめてんじゃねえよ、ばーか」  と言いながらも、先生の目じりがほんのり紅くなっているように見えるのは気のせいだろうか。マジやばい。  先生がからかうようににやりとする。 「どうした、青少年。トイレ行ってくるか?」 「べ、別にこんくらい」  強がってみせたものの、ずいぶん危うい。  落ち着かせるために何か他のことを考えようとして、我に返る。  ああ、そうだ。  最後のキスは、終わってしまったのだ。  思わず大げさにうなだれてため息をついた。

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